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ブハリ日記(ブハリとは末の嫁)の意味

2009/8/31(月)
家建築326目 プラスタ 柱 木を干す 

 新聞に日本の選挙の結果が早くも報じられていた。
朝7時過ぎプラスタのインド人チームが来る。新しいモンゴル系の職人1人も自転車で来ていた。テクダルが静かでよく働くバイを連れて来て、新しい職人と2人で表の柱を造り始める。この柱は、ネパールの現代の家によくある丸い飾り柱で、インドの宮殿にあるみたいなゴテゴテした模様と派手なペイントが施されている。私たちは、これがどうしてもやりたくなかったのだが、親戚のおじさんなどが勝手にテクダルにこれをオーダーしてしまい、鉄柱は丸く造ってしまった。でも、これを四角く造りなおすこともできるというので、そうすることにし、クリシュナのアイデアでここに壁と同じ石を貼ることにした。今日から来た職人は、これをすごく丁寧に造った。静かなバイが手伝いながら、職人は糸で垂直を測り、必要なサイズに石を切ってそれをセメントで貼っていく。「表に見える大事な柱だから、きれいに造らなくちゃ」と職人は言った。6時過ぎまで作業をし、半分くらい終わった。
 プラスタは屋上の手すりが一気に終わった。
 タイルは2階の浴槽などをやった。今ポカラは建築ラッシュなので、働く人が足らない。今日タイルの職人は2人の女性を手伝い役に連れて来ていたが、1人は40代後半くらいで、あまりやる気がない。タイルの箱を1個頭に載せて運んでは、休んでいる。この女性の娘という人も来ていたが、彼女は赤ん坊に授乳中の身で、もう1人の小さな女の子にお守りをさせながら働いている。どうしても働き手としては不十分なのだろう。タイルの職人は「セメント、リャウ(セメント持って来い!)」と怒鳴っていた。
 木を干した。
 
2009/8/30 (日)
家建築325目 プラスタ 屋上の手すり 浴室タイル 木を干す 

 朝7時過ぎからプラスタのインド人チーム、タイルの職人、テクダルに連れられて静かでよく働くバイが来る。プラスタは今日はヒマラヤ側の2階のスロープをやった。屋上の手すりの準備も少しした。静かなバイがレンガを積み、プラスタの青年2人が不要な部分の鉄を切った。クリシュナは風邪気味だったが、彼らの仕事を手伝って鉄を切った。小雨の降るなか作業が続いた。
今日もプラスタチームは、断食中のため、青年2人は早めに上がる。ジュノともう1人の少年2人が残っていた。明日の作業の準備で、外から屋上までセメントの袋に砂を入れて運ぶ。歯をくいしばって、腰を折るようにして背中にかつぐ。「1人5回ずつ運ぶように言われてるんです」。ジュノはやっぱりしっかりしていて、セメントに水をまくのを頼むと、私には「お姉さんはここにいて、水があふれないように見ていてね」、クリシュナには「私が水のスイッチを入れますから、先に上にあがっていてくださいね」と指示をして、自分は階段を駆け下り、駆け上がる。ホースに穴が空いてしまって、上まで水があがらない。するとすぐに下に降りてきて、「そのビニルを取って」と必死に水があふれるのを手で止めながら、ビニルで穴をふさぐ。結局ホースはうまくいかず、「バスがなくなっちゃうので」と、ジュノたちは帰っていったが、あまりのしっかり者ぶりに、また今日も感心してしまった。私たちの方が子どもみたいだ。
静かなバイは本当に口数が少ない青年で、その物腰や姿は日本人に近くて、ホッとさせられるものがある。屋上で積んでいたレンガがちょっと足らなくなってしまった。プラスタのインドの青年が「レンガ、足らなくなっちゃった?」と聞くと、言葉でなにも言わず、ちょっと苦笑いをしたあと、チッと舌打ちするような表情をしてみせて、籠を担いで外までレンガを取りに行った。飲料水を私のところに取りに来たが、私が話を聞き間違えて、冷蔵庫で冷やした水を渡してしまった。それでも彼は文句など言わない。黙って受け取っていく。私がクリシュナに訂正されて、別のボトルを持っていくと嬉しそうに笑った。
飲料水を彼らに出す際、ペットボトルの空きに水を入れて渡している。「また使うから、なくさないでね」と言っても、ほとんどの働く人はボトルをなくしてしまう。いつでもボトルをちゃんと取っておいて、水を取りに来るのはこの静かなバイとジュノの2人だけだ。
タイルのカルカッタの職人は、2階の浴槽の周りなどをやった。ネパール人の女性が1人手伝いで来ていた。
朝から暑かったので、木を干した。
2009/8/29(土)
家建築324目 プラスタ 土を掘る 窓の大理石を直す 木を干す

 朝7時頃からプラスタのインド人チームが来る。今日は山側の2階のスロープをやった。日中は絶食し、夜中の3時半頃ご飯を食べるのだそうだ。さすがに疲れるようで、リーダーは足場を組んだ鉄板の上で少しの間、寝ていた。
ついで静かでよく働くバイが来る。テクダルは彼にガーデンとなる場所の土を掘り返させている。
タイルの職人が来る。義理の父親が亡くなったとかで、カルカッタに帰っていたそうだ。
やっぱりイスラム教徒で日中は絶食中。30日間これが続くのだそうだ。プラスタの若い人たちを指し、「彼らより、うちの村はもっと習慣が厳しいんだ」と言う。タイルの社長によれば、「プラスタの人たちはお金が欲しいから、本来働かない金曜日にも働いている」と言う。タイルの職人は、壊れた窓枠の大理石を直した。400ルピー払った。「仕事があるから早く戻って来い、って何度も電話があったから帰ってきたんだよ」と、そのつもりはないのだろうが嫌味なことを言った。木を干した。今日は朝から暑くて、雨も降らなかった。
夜は中華料理を食べに行った。
2009/8/28 (金)
家建築323目 プラスタ 土を掘る 木を干す

 今日は金曜日。インド人のイスラム教徒のタイルの職人は「お祈りの日だから今日は仕事はしない。明日からやる」と言って帰る。
にもかかわらず、プラスタのインド人チームは朝から夕方までちゃんと仕事をしていった。ジュノという少年(写真)は頭がよく、仕事もできる。みなが帰ってしまったあとも、1人残ってクリシュナが水をまくのを手伝う。ただ一緒にホースを引っ張るだけでなく、1階、2階、3階と水をまきやすいように、ホースのねじれなおし、次はここ、次はここと指示を出していく。私がホースを引っ張りすぎて、タンクから水が溢れてしまったら、急いで走っていって直し、また階段を駆け上がっていく。「いつからここに住むの? 私たちの仕事はあと15日もあれば終わりますよ」。クリシュナと世間話もする。大人っぽい。
 朝テクダルに連れられて、静かでよく働くバイが来る。暑い中、土を掘り返す仕事を1日中していった。木を干す。全量の半分はほぼ乾き、残りの半分を1袋干し始める。
 
2009/8/27 (木)
家建築322目 プラスタ 階段の手すり 木を干す

 今日はまたダムサイドのおじさん家で「サラダ(法事)」がある予定だったが、村の方で誰かが亡くなったとかで急遽延期になった。
 7時過ぎからプラスタの職人たちが来る。サラダは延期になったが、ご飯の準備はしてしまったというので、おじさんの家に食べに行く。ラストラバンクチョークで壊れたサンダルを直し、2足で80ルピー。サリーの裾のまつり縫いを頼みに行く。
そのままナガルパリカの近くにあるという階段の手すりを造る店に行く。小さな店で、1人の職人がベッドを造っていた。
 1時頃戻ってきて木を干す。急に水道の役所から呼ばれてクリシュナが出掛けていった。水道の役所にダムサイドのおじさんの知り合いがいたらしく、少し早めにできるようにしてくれたらしい。
 プラスタの人たちは5時半頃帰る。
2009/8/26 (水)
家建築321目 プラスタ 窓の職人 

 朝カッと強い日差しが照りつける。プラスタの職人たちが来る。昨日大人に怒られて泣いていた男の子は今日は来ていなかった。代わりに、よくナマステをしてくれる少年ジュノと同じ年くらいの男の子が1人来た。今日は屋上の手すりとスロープをやった。早朝暑かったと思ったら、しばらくして雲が厚くなり、プラスタの仕事はブルーシートを被せながらやった。ムスリムの行事が近づき、大人の職人はいま断食中。前は7時半くらいまで働いたのが、お腹が空くらしく今日は5時半であがってしまった。少年2人が残って、水をまいた。1人20ルピー払った。
 窓・ドアの若い職人が7時半頃来て開きづらかったドアの鍵を直していった。
 雨が降ったり止んだりで、今日も木を干すことができなかった。
2009/8/25 (火)
家建築320目 プラスタ 男の子が泣く 窓の職人 

 朝7時半頃、プラスタのインド人チーム。窓・ドアの職人が来る。
窓・ドアの若い職人は、1階のやるべき仕事は一応終わらせて早い時間に帰っていった。あとで見てみると、鍵がちゃんと動かないところや、ねじがはまっていないところがあった。仕事は早いが、ちょっと雑な気もする。
 
結局今日も最後まで働いたのはプラスタの人たちだけだった。屋上のスロープや手すりなどをやった。屋上に上がると、大きな虹が二重にかかっているのが見えた。リーダーともう1人の男性、いつも笑顔でナマステをしてくれる少年(多分ジュノという名)、そして12,13歳くらいの男の子の4人が働いている。リーダーがクリシュナに「日本にはインド人はたくさんいるの?」と聞く。「コンピューターエンジニアがたくさんいるよ」と答える。クリシュナが彼の故郷を尋ねると、ビルガンジの近くで、「ここを朝7時にバスで出ると、夕方には着く。バスから降りて1時間歩く村だよ」「近いね」「そおだよ、ここと同じ携帯番号が使えるんだよ」「インドには仕事はないの?」「あるけど、デリーとかカシミールとかまで行かないとね。ここの方が近いんだよ」。私たちが今回デリーから40時間かかってバスで来たと言うと「ホォー」と目を丸くして驚いていた。よく働くし、気の良い青年たちだ。最近は水をまく仕事も彼らに頼むことがある。仕事を嫌がらずにやってくれるから、何でも頼みたくなってきて、カトマンズの出版社にCD―ROMを渡すことになり、「それもこのプラスタの人に持っていってもらおうか」とクリシュナと話したくらいだ。
 そんな彼らの間で、ちょっとしたことが起こった。リーダーの次の年長の男性がふいにセメントのこてを投げた。それが一番小さい男の子のわき腹にあたった。男性が男の子に腹を立ててこてを投げ付けたらしい。そのこてが私のすぐそばにも飛んできた。私の方に飛んできたのはさすがに「ヤバイ」という顔をしたが、それでも男の子の方を睨んでいた。男の子はわき腹を抱えさすっている。そのうちに涙をぬぐい出した。クリシュナが「どうしたの?」と聞くと、いつもあいさつする少年が何かひとこと言って、私の方に飛んできたこてを拾いにきた。リーダーはシンとして何も話さなくなってしまった。男の子は声を出さずに涙をぬぐい続けている。それからしばらく私たちがいる間は、彼らは仕事を続けたが、私たちが部屋に戻ると、何も言わずに全員帰ってしまった。こんなことは初めてだ。男性が何に腹を立てたのか、わからない。子どもは許されるみたいだが、彼らのうちの大人はイスラムの大きな行事を控えて日中は断食している。男の子が、それを軽はずみに何か言ったのかなぁ? と、クリシュナと話した。
2009/8/24 (月)
家建築319目 プラスタ ペイント 窓の職人

 朝7時過ぎ坂さんたちがカトマンズに行くバスを見送りに行く。あっという間に時間が過ぎてしまった。こちらも家建築の仕事があって、あまり時間をともにすることができず、申し訳なかった。これを機にネパールに「ハマッて」いただければ、と願っている。
 坂さんの見送りに行こうとすると、うちの現場の閉めたはずの入り口が開いている。なんだろう、と思ったら、プラスタの職人たちがもう来ていた。彼らはインドから来たイスラム教徒の人々。朝7時半から夜7時まで働き、ひどい雨の日以外はまず休まない。聞いたところによれば酒も飲まない。でも、イスラム教のインド人、みながこういうわけでもない。このプラスタの人たちはリーダーも20代半ばくらい。若いから、こんなに真面目で性格も良いのだろうか? でも、昨日から始まった「ラマダン」の断食で、さすがに体力が持たないらしく、7時より少し早めに仕事をあがっている。
 昨日木の床をやる社長から電話があった。そのイスラムの行事で、故郷にみな帰るらしく、その前に仕事を終わらせたい、と言っている。
 窓とドアの職人が来た。機械を使って留め金などをつけ、1部屋分の網戸もつけた。
 ペイントの職人は3階をやった。
2009/8/23 (日)
家建築318目 「ティージ」 プラスタ ペイント 窓の職人 

 今日は女性のお祭り「ティージ」。坂さんと一緒に来た柴田さん、山口さんと一緒にサリーを着て、ティージで女性たちが踊っているところを見に行くが、なかなかやっていない。ハランチョークの広場みたいなところで、ステージを造ってイベントはやっていたが、去年カトマンズで見た、お寺の周り一面に赤いサリーの女性たちが群居して踊っていた様子はもっと迫力があった。
 4時頃家にいったん戻る。
 現場では、プラスタのインド人チーム、ペイントのインド人2人、ドアのネパール人の職人2人が働いていた。外ではすごい雨が降ってきた。プラスタでは、ひさしのスロープや正面のバルコニーに模様をつけてくれていた。2階に竹の棒を組んで鉄板を載せて足場を造り、青いビニルシートで覆いを造って作業をしている。彼らはイスラム教徒で、今日から日中は食事を取らなくなった。少年たちはビスケットなどを食べていた。でもさすがにお腹が空くらしく、いつもより30分くらい早く仕事をあがった。年長者がさきに帰ってしまったので、残った少年2人で余ったセメントを3階の浴室につけていた。この子達がかわいいので、仕事が終わったら淋しいだろうな、と思う。
 窓おやじから派遣された窓・ドアの職人は、あれほどティージの日には来ない、と言っていたが、朝から来て働いていた。
2009/8/22 (土)
家建築317目 プラスタ ペイント 窓の職人 木を干す 水周り

 明日は「ティージ(女性が里帰りする日。赤いサリーできれいに着飾り歌い踊る)」というお祭りなので、きれいなサリーを着た女性の姿が目立つようになってきた。
 朝からプラスタのインド人チーム、ペイント、鉄の階段を造る職人が来る。今日は朝から湿気がなくカラッと熱かったので、午前中から木を屋上に干した。
 水周りの職人の弟も来た。外の配管作業は今日で終わったらしい。
2009/8/21 (金)
家建築316目 プラスタ ペイント 窓の職人 木を干す 鉄の階段

 朝7時半頃からプラスタの人々が来る。このインド人の若い人たちはよく働いて、人柄も良い。今日はスロープ(ひさし)を造ることになり、そのデザインを見せてくれた。「シンプルだけど、この辺の家でこのデザインはないから、これが良いと思います」。実際に砂で形づくり、こういうのもできる、ああいうのもできる、と教えてくれた。仕事ぶりがすごい丁寧だ。他の職人のなかには、何を言ってもこっちの言うことを聞いてくれない人や押し付けがましい人もいるけど、この人はこっちの考えに合わせてくれる。朝8時前から来て19時まで働いて、ほとんど手を休めない。朝ごはんを済ませて来て、間にビスケットをみんなで食べて、飲み水を私たちから取りに来て、後はずっと働いている。
 ペイントの職人も来る。この人たちもインド人で、やっぱりきちんと働く。
 窓とドアが、「窓おやじ」の店から届いた。突然全部持ってきて、職人もやって来た。急に来たので、まだ留め金や取っ手などの材料を用意していなかった。職人は若いネパール人で、にこにこ笑って話しかけてくるので愛想は良い。でも仕事をするのに、必要な材料がまだ揃ってないとわかると、やれる仕事は他にもあるはずなのに「早く買ってこないといけないよ」と、こっちを責める。私たちもそんなに急に買い物には行けないので、明日にしたいと言うが、「明後日からティージ(お祭り)なので、今日買わないといけない」と言う。外にちょっと出掛けて、クリシュナは水道の役所に寄り、私だけで戻ってくると、彼は食事に出掛けるところだった。「物は買った? サウジ(雇い主)は帰ってこないの? 今日仕事をしないと、明後日はティージで休むよ」「どれくらい休むの?」「1週間」。仕方ないのでクリシュナに電話し、プリティビチョークまで買いに行ってもらうことにした。それから1時間くらいして、職人が戻ってくる。「まだサウジは戻ってこない? あとどれくらい?」「いま買っているから、あと30分くらいでしょう」「あと15分? そうじゃないなら帰るよ」。部屋の中まで踏み込んで来て、あまりにしつこくそう言う。私もちょっとムカついて「私たちは、今日あなたが来て物が必要だって知らなかった。あなたの店の社長(窓おやじ)はどうして、昨日のうちに物が必要だと言わないの? 急に言われたって、私たちだって困るでしょう」。帰ると言うなら帰ってもらってもいいか、と思って「あとちょっと待ってください」とだけ言っておいた。でも、結局この職人は、この後2時間くらい待っていた。実は、この人は相当窓おやじが怖いらしく、窓おやじからどうしても今日仕事をしろ、と言われていたらしい。それで私たちに「物を早く買ってこないなら帰るよ」と脅しているつもりだったのだ。「社長に食事休憩を取ったなんて言わないでくださいよ」とクリシュナに言ったらしい。クリシュナが部品を買ってくると、職人はガンガン働き出した。1階のドアは付け終わった。
 鉄が届き鉄の階段を造る職人も来る。夕方に来て、日が落ちるくらいまで作業をしていった。
 久しぶりに木を干した。
 プラスタの人たちが19時ころに帰る。最近だんだん日が短くなってきた。
 
2009/8/21 (Fri)
家建築315日目 プラスタ ペイント 浴槽 出版社の人に原稿を渡す 

 朝8時頃起きてネパール語原稿の直しを続ける。9時頃から雨が降ってきた。傘を持っていないので困ったな、と思ったが、しばらくして小雨になった。9時40分ころホテルをチェックアウトする。ゲストハウスの人ともちょっと顔見知りになった。シーズンの頃は部屋が空いてないかもしれないから、「今度はリザーブするよ」と言っておいた。
歩いて出版社のあるボタヒティに向かう。カトマンズの道は全部細かくて迷路のよう。雨に濡れないよう焦る気持ちもあって、道が見つからない。歩いている女性に「ボタヒティに行く?」と尋ねると「え? 私? 私は行かないよ」「違いますよ、この道はボタヒティに行くんですか、って聞いたんです」「ああ、そおか、それはね、真っ直ぐ行って右に曲がって」。ネパールでは全然知らない人にも、何でも話しかけて聞いたりするので、女性は自分がボタヒティに行くか?と、尋ねられたと勘違いしたらしかった。
出版社(と言っても本屋さんが出版業もしている)に行くと、11時のアポだったけど社長さんがすでに店にいた。すぐに私をわかってくれた。原稿を見せる。感触は悪くなかった。プリントアウトしたものが字が細かくて、ややわかりにくかったかもしれない。普段はCD―ROMのみで作業しているらしかった。CD―ROMに必要な内容は全部入っていること、簡単な英語で書いた本の主旨、目次などを見せた。プロの人だけあって、フォントのこともわかっていた。「悪い箇所は全部直しますので、言ってください」ということは強調しておいた。次回校正などのやり取りなどをどうするか、という話になり、クリシュナに電話し、「10日あとくらいまでにチェックしてもらい、その頃、またカトマンズに来るか、相談しましょう」と言ってもらった。今回一応持ってきた原稿だが、まだ直しや相談は必要ではないかと思っている。
 でも、感触は良く、とても爽やかな気分で、小雨のカトマンズの街を歩けた。早めに用事が終わったので、昨日も行ったタカリレストランに行く。オーナーさんが日本語学校をやっているとのことだった。私も本を作っている話などをした。「今度学校にも来てくださいね」。ネパールを紹介する本を作ったことを言うと「良いことやってますね。私も協力できることがあればしますよ」と言ってくれた。ダルバートもネパール人料金に安くしてくれた。
 タクシーをつかまえて空港に向かう。ホテルの人は300ルピーくらいかかるかも、と言ったが250ルピーだった。なんか、私1人でもだまされるどころか、けっこうみんな親切にしてくれる。11時半には空港に着いて、パソコンで原稿を書いて到着を待つ。
 坂さんたちは定刻より少し早めに着き、携帯に電話をくれた。国際空港の出口でおちあい、国際空港まで移動する。みな、タイ経由だが元気そうで何より。雨の降る中、10分くらいあるいて乗り場に着く。荷物チェック、ボディチェックなど簡単に終わり、発着ロビーで待つ。イエティライン、ポカラ行きは91ドル。空港税が約170ルピー。少し出発が遅れたが、30分足らずでポカラに着く。
 私はいったんうちに帰る。プラスタのインド人チームが働いていた。浴槽は、結局水周りの職人が自ら作業していた。そんなら最初から自分でやればいいのに。ペイントの人はもう帰るところで、木を置いてあった部屋がきれいに片付いていた。けっこう仕事は進んでいるように感じた。プラスタの少年が「ナマステ」をしてくれた。「サンチャイ?(元気)」と聞くと、「ああ、もちろん」という感じで首を横にひねった。
2009/8/19 (水)
家建築314日目 プラスタ ペイント 電気がつながる カトマンズに来る

 朝6時前に起きる。雨は降っていない。パソコンなどを持って、バスパークまで歩く。バスは「ホリデイアドベンチャー」という会社のにした。以前乗って、わりと快適だったからだ。1人でカトマンズに出掛けるのはひさしぶりだ。クリシュナの古くからの知人で、いろいろお世話になっている坂さんが、ポカラで絵の展示会をやるため、3人の日本人と一緒にやってくる。スケジュールが急なので、飛行機チケットをカトマンズまで届けることを頼まれた。クリシュナは建築の仕事があるため、私が1人で行く。バスはほとんど快適だった。途中2回ほど事故車の処理で10分くらい止まったが、他は問題なかった。
 カトマンズに着いたのは3時頃。タメルの裏側みたいなところに着く。クリシュナに電話する。まず前回も行ったタカリレストランに行く。韓国人や日本人の若い人たちがたくさんいた。お店の人は、私のことを覚えていたかどうかは微妙だったが、働く女性はとても良い感じだったし、空いたお腹にダルバートはまったく満足だった。その並びにある「OM TARA GUEST HOUSE」に行く。スタッフは私のことを覚えていてくれて、「今日はね、1つコモン(トイレ・バスが共同)が空いてるだけなんだよ」と言って、250ルピーだと言った。安い! 共同と言ってもトイレ・バスはすぐ近くにあったし、部屋もきれいだったので、何の文句もなかった。
すぐにパソコンを開いて、ネパール語の原稿の見直しやまとめなどをした。なかなか終わらなくて、7時を過ぎた。その頃停電になった。ろうそくの明かりで作業しようと思ったが、パソコンのチャージもなくなるので、途中でやめて、いったんスーパーマーケットに買い物に行く。私は夜は1人では外食しない。缶詰などを買って部屋で済ます。何を食べようかすごい迷った。タイ産のサーモンの缶詰があって、ポカラでは見かけないので、とても惹かれたが、240ルピーと高く、量もあまりに多かったのでやめておいた。パン屋で8時半以降、全品半額になっていたので、20ルピーで大きいチーズパンを1個買った。11時頃作業が終わり、シャワーを浴びてビールを空ける。缶切りを100ルピーで買ったが、使いづらくて困った。部屋の窓から、ライトアップしているスワヤンブナート(カトマンズ盆地を見下ろす形で建つ寺院)が見えた。クリシュナから電話で「電気の役所の人が来て、電気がつながるようになった。大きな仕事が1つ終わった」と聞いた。
2009/8/18 (火)
家建築314日目 ペイント 電気

 朝から日本語の原稿の直しをやる。早朝から雨。浴槽をやるための静かでよく働くバイ、プラスタのインド人チームが来るが、雨が止まず、できる仕事がない、と言って引き上げてしまった。ペイントの仕事をやるインド人の子どもが来る。まだ10代半ばくらいの子ども2人で、飲料水を取りにきたときにペットボトルを渡して「仕事が終わったら返してね」と言うと「わかった」と答えた。プッティングという作業は確かにきれいにできていたが、もう時間がないのと、前金が欲しいと言われたので、クリシュナがちょっと面倒に思ったらしく、2部屋以上はやらないことにした。朝から体調がいまいちなのもあるが、ペイントの塗料の臭いがかなりきつくて、隣の家にいるのに気持ちが悪くなった。あのインド人の子どもは体を悪くしないのかな。
 電気の若い職人も来た。3階などの仕事をしていった。ペイントの社長の紹介で、階段の木の手すりを造るグルン民族の職人が来た。
 明日は5時台に起きてカトマンズに行くのに、夕方ぎりぎりまで原稿に時間がかかった。
8時頃になって、ようやく原稿が形になり、いつもインターネットをやっている「カルマゲストハウス」に行く。ネパール語のフォントが文字化けするなど時間がかかったが、親切にいろいろやってくれた。
ポカラ中、ティージの音楽がにぎやかだ。
2009/8/17 (月)
家建築313日目 バルコニーの手すり ペイント 電気  

 プラスタのインド人チーム、ペイントの職人が来る。プラスタは3階、2階のバルコニーのセメントの手すりをつけた。雨が降ってきたので、セメントが固まらないのでは、と心配したが、大丈夫だった。子どもがセメントの重たい手すりを、セメントの袋につめて、背中に載せて運んでいた。小雨が降る中、よく働いてくれる。夕方7時まで仕事があったが、どうしても私たちに時間がなく、セメントへの水まきも彼らにやってもらった。50ルピーくらい、人数分のお茶代でやってもらった。ホースで水をまくのは1人だけど、全員が残っていた。手を抜くことなくやってくれて、「お金は明日でいいよ」とみなで帰っていった。
 ペイントの社長がプッティングの作業が終わった部屋を見せてくれた。確かにきれいにできていた。ただ、これを追加作業すると5万ルピーくらいお金がかかる。
 電気の職人が来て、1階の1室に電球をつけていった。
 浴槽は今日も仕事が止まった。
2009/8/16 (日)
家建築312日目 カースペースプラスタ 石 プッティング

 クリシュナが、手配を頼まれている日本人の友人の、カトマンズ→ポカラの飛行機のチケットを取りに行く。私がカトマンズまでチケットを渡しに行く。その際、日本語の本を出すためにコンタクトを取っているカトマンズの出版社の社長にも電話して20日の11時にうかがうことになった。カトマンズ行きが決まり、出版社の社長とも連絡を取ったので、原稿も必ず仕上げなければならない。忙しい。
 プラスタは1階のカースペースの上の天井などをやった。石の職人は朝8時前から来て夕方5時までかなりみっちり働いて帰った。もう少しで石を貼る仕事は終わりそうだ。ペイントの職人も来て2階の部屋のプッティングをして帰った。今日は自分の用事が忙しくて、あんまり現場の仕事を見られなかった。浴槽の作業は今日も進んでいない。水周りの職人がやるといった作業は、再びテクダルが人を頼んでやることになった。今日は曇りで木が十分に干せなかった。
2009/8/15 (土)
家建築311日目 3階プラスタ 石 プッティング 木を干す

 プラスタのインド人チームが来る。少年の1人とけっこう話をするようになった。年齢を聞いたことがないが、たぶん15歳くらい。声変わりしている。彼はビルガンジの出身で1年前からポカラに来て仕事をしている。ナヤバザールに住んでいて、自炊している。「ビルガンジには仕事ないの?」「とーきどきある。(給料は)10ルピヤン。ここはもっともらえるよ」。大人びた雰囲気を持っている。
 プラスタは3階のバルコニー上の天井などをやった。雨に濡れないようにブルーシートをかぶせた。
石の職人が来て、午前中だけ石を切って帰った。仕事を見に来たテクダルが電話して「どうして午前中だけで帰ってしまうんだっ!」と怒っていた。この職人と一緒に仕事をしているもう1人の職人が夕方やって来て、テクダルに怒られていた。
ペイントの仕事が今日から始まった。壁と窓の枠に塗料を塗って、表面を滑らかにしている。社長はモンゴル系の民族で、ずんぐりとして背が低い。ちょび髭を生やした丸顔に、愛想の良い笑いでキュートなおじさんだ。2階の正面側の部屋のプッティングから作業を始めた。インド人のもう1人の職人と一緒に作業をしている。
水周りの仕事がずっと止まっている。職人によれば、他の人が作業したのが間違っていたから、と言う。テクダルはそれをこの職人にやり直させると言うし、お互いに仕事をなすりつけあっている。
やって来たシババンジャ(甥っ子)に手伝ってもらって、木を干した。
2009/8/14 (Fri)
家建築309日目 3階プラスタ 石

 朝起きて水を引き、洗濯したりする。夜間にすごい雨が降って、今朝も湿った天気だ。ダルバートを作って食べるが、いまいち体の調子が悪い。昨日の食べ物にあたったのか? よくわからないが、今日は表に出ず、布団でゴロゴロしていた。
 インド人のプラスタの職人たちが来て、3階の天井、階段などをやった。セメントが肌に着くと、血豆がつぶれたような傷ができてしまう。それを防ぐために、ビニル袋を足に巻いて仕事をしている。朝7時から夜7時まで、冗談を交わしたり、鼻歌を歌ったりしながら和やかなムードを保ちつつ、ハードな仕事をこなしている。小さな子は助手に徹しながらも、セメントを塗る表情は真剣で。この人たちのおかげで、家ができるんだなぁ・・とありがたく思う。
 石の職人は午前中、石を切り、2階の踊り場、階段の途中まで石を貼った。午後は代わりのインド人らしい人が来て、石を切る作業だけをして帰った。
 朝、急にペイントの職人が来た。ペンキの色を何にするか、ペンキを塗る前に「プッティング」というのをすると、表面が滑らかになるがどうするか? をいきなり決めてくれと言われた。テクダルが、最近はさすがに早く仕事を終わらせるべく焦っているらしい。今夜中に返事をすることにした。
 夕方、外でクリシュナが誰かと大きな声でしゃべっているな、と思ったら、窓の店の社長「窓おやじ」が来ていた。3日前くらいに、「ドアのサイズを測りに来る」と言って、今日やっと来た。今借りている家も、この窓おやじが造ったという。うまく窓の鍵が閉まらないところがあるので、それを言うと「アルミのもっと大きい鍵をつければ大丈夫」と言う。「この家も私が造ったんだよ」と自慢げに言って帰った。
 夕方7時頃用事があってテクダルや水周りの職人に電話する。どちらも良い具合に酔っ払っていて、上機嫌だった。
2009/8/12 (水)
家建築308日目 3階プラスタ 石 レンガ 鉄柱 木を干す

 朝8時前から現場に人の集まる音がする。表に出て3階を見ると、インド人のプラスタをやる人々が来ていた。いつもあいさつする少年が、今日も私を見つけてナマステをしてくれた。このインドの人々はよく働くし、使うセメントも無駄にしない。自分たちの仕事にセメントが余ると、他の場所につけておいてくれる。壁に使って下に落ちているセメントは年少の子がきれいに箒や手で集める。仕上がりもきれいで滑らかだ。
レンガをやる職人と静かでよく働くバイ(弟、年少の男性の意味)が、今日は一緒に働いていた。電柱を立てる仕事があり、それも頼んだ。3フィートの穴を掘り、そこに昨日買った鉄柱を立てる。午前中にバイが穴を掘ったが、さすがに今日は暑くて、午後に職人が交代した。穴に鉄柱を立て、そこにセメントをつめた。彼らは浴槽のセメント付けやスロープを造るための石を運ぶ作業もした。
石を切る職人は、午前中だけ仕事をして帰ってしまった。
木を屋上に干した。だいぶ湿気が抜けて軽くなってきた。
現場の2階に見慣れない男の子がいた。職人の子どもかと思ったが、どうもそうではなかった。働く人が休憩に行ってしまった現場にずっといて、何をしてたのかわからない。後で、ほかの学生服を来た小さな子どもたちが来て、この子を探していた。鬼ごっこなのかもしれないが、働く人のかばんをいじったり、物置小屋まで入ってきたので、注意した。この子とは関係ないだろうが、木の作業をする部屋で、かんなをかけて置いてあった木のチップがセメントの袋にきれいに包まれていた。明らかに誰かが持ち帰ろうとしているようだった。あからさまに誰かを疑うのも良くないので、そのままにしておき、帰りに誰か持ち帰る人がいたら注意しようと思ったが、働く人の中にはそういう人はいなかった。外から誰か入ってきたのか?
夕方からすごい雷雨。夜は停電もした。
2009/8/11 (火)
家建築307日目 3階プラスタ 石 レンガ

 朝から今日は日差しが強くて暑い。プラスタのインド人チーム、石を切る職人、レンガをやる職人と静かなバイ、とみな8時前から集まっている。レンガの職人に、昨日クリシュナがレンガを取ってしまった3階のバルコニーの話をすると「もう少し待たないと固まらないんですよ」と言って、やりなおしていた。この2人で今日は屋上の手すり下のレンガ、セメントと2階のバルコニー、浴槽の周りのレンガ付けをやった。
 石を切る職人も、きっちり8時間、石を切っていった。すごい日差しが強いので、鉄板で日よけをつくり、その下で汗だくで作業をしていた。
 みなの作業が落ち着き、飲み水を渡したあと、ダムサイドの鉄の店にでかけた。ビロウタチョークでおじさんと待ち合わせしていった。暑い中、おじさんは日傘をさして待っていてくれた。おじさんはとても優しい人で、横に歩くクリシュナが右に左に移動するたびに、傘を持ち直して日をよけさせようとした。
 鉄の店からは今朝、電柱に使う鉄のポールが届いていた。これまで他の店で探しても見つからず、あっても3000いくらルピーしたものが、2000いくらで買えた。
おじさんが店を知っているというので、私たちは黙ってついていった。5,6分歩いたところに大きな店があった。鉄だけじゃなく、木の家具も造っていた。なんか店の名前がちがうような気もした。店と言っても鉄板の屋根があるだけで、その下で作業をしていた。奥にブロックで造った事務所があり、そこで社長を呼んでもらった。社長は昨日来た男性とは違う人だった。大きい店だから、昨日来た人はマネージャーか何かで、この人が本当の社長なのかな、と思った。おじさんはお金の話などを始めた。何を造ってもらうか、などひと通り話した。クリシュナが昨日来た人からもらった見積もりの紙を見せる。「そお、そお、これくらいは掛かりますよ」と社長が言ったが、その紙にあった店の名前を見つけて、「カルマレカ? これは、うちではありませんよ」。おじさんはクリシュナに「カルマレカなの?」と聞き、店の社長に「じゃあ、また違う仕事を頼むとき、お願いします」と言って、バツが悪そうにした。違う店に来てしまったのだった。
カルマレカはそこからさらに歩き、チベタン村にももう近いくらいの場所だった。この辺は田園風景が広がり、周りの緑の丘陵に民家が建っている。日本の田舎を想わせる。店はさっきの店よりかなり規模が小さく、数人が作業をしていた。社長が出てきた。昨日会った人だ。おじさんがひと通り話をし、とりあえず6万ルピーの手付金を払うことにした。社長はまだ30代前半くらいで、そんなに悪い印象でもなかった。
歩いてビロウタチョークに戻る。グルン民族の何かのお祭りの日で、民族衣装を着た人が大勢で歌ったり演奏したりしていた。
戻って木を干した。暑い。それからご飯を作って、2時半にやっと食事が取れた。
プラスタのインド人チームは、今日も7時まで働いていた。3階のヒマラヤが見える側の天井をやった。顔見知りの男の子が、最後に水のモーターを片付けにきて、「帰ります」と首を横に振ってナマステをして帰っていった。
2009/8/10 (月)
家建築306日目 水周り

 朝から大雨。気温も下がっている。働く人はまた休みかなぁ、と思っていると、やっぱり来ない。水周りの職人と弟は電話で呼び出すと、しばらくして来た。来てみると他に誰もいないので、「なんだ、俺たちだけか」みたいな感じだった。今日は浴槽を取り付けた。
 鉄の職人が来て、屋上に上がる階段やゲートなど、鉄を使うすべて物の相談をしていった。材料、人件費込みで全部で1ラック3万ルピーくらいかかりそうだと言う。材料費分8万ルピーくらいを先に欲しい、と言われたが、すぐにそんな大金を払うのは怖いので「明日ダムサイドのおじさんと一緒に、お店に行ってみてから払うことにしよう」ということになった。
 夕方、現場に入ってみる。クリシュナが、昨日静かでよく働くバイ(年下の男性・弟)が造った3階のバルコニーのレンガを触ってみると、大雨で固まっていなかったため、崩れてしまった。クリシュナは、「あっ、ここもダメだ! やり直した方がいい」とレンガをだいぶ取ってしまった。調子に乗って取りすぎて、後になって、「明日の朝くらいまで待てば、固まったのかな」と不安になっていた。
2009/8/9 (日)
家建築305日目 3階プラスタ バルコニーのレンガ 石

 朝からプラスタのインド人チームが来る。石を切って貼る職人、静かでよく働く青年も来た。青年は3階のバルコニーのレンガをやった。静かなので、どこにいるのかな? と思っていたら、暑い中、3階でガンガン働いていた。本当はこの仕事は、この間ちょっと来てまた来なくなった職人がやる予定だったのだろうけど、その人が来ないので、テクダルは若い彼にやらせることにしたらしかった。年長の職人だと、物を運ぶ人がいないからやらないとか、いろいろ言うが、青年は自分でレンガやセメントを運び、1人でバルコニーを造ってしまった。しかもまっすぐきれいに造っている。こういう人に仕事を出せるのは嬉しい。

 プラスタは3階の台所の天井をやった。顔見知りの男の子が、飲み水を取りに来たので「いつからポカラに住んでるの?」と聞くと、ちょっと指を折って数えて「1年」と答えた。この子の故郷はインドのビルガンジだと、以前言っていた。「お父さん、お母さんも一緒にいるの?」と聞くと「ううん」と言ったが、話が通じたかどうかわからない。この子より、もっと小さい子がいて、確か12歳くらいとか他の人が話しているのを聞いた。2人ともよく気がついてよく働く。

 石の職人は、2階の踊り場の石を貼った。定時の8時間働いて帰った。

 マチャプチャレ銀行のATMを初めて使ってみた。コーナー内はクーラーが効いている。機械もやり方も日本のそれとまったく同じ。画面にヒマラヤの写真が出ている。カードを入れて暗証番号と金額を押すと、札が出てくる。明細書も出てくる。この前、インドのバナラシに行ったとき、列車のなかで人々が「最近、インドでもATMが増えてるけど、機械がちゃんとできてない。時々、お金が少なく出てくることもあれば、多く出てきちゃうこともある」とか言っていた。ネパールでもそういうことがあるのかどうか知らないが、今日はちゃんと指定の金額が出てきた。
2009/8/8 (土)
家建築304日目 3階プラスタ 水周り 電気

 朝8時前からインド人のプラスタチームが来る。この間2階のプラスタをやって、顔見知りになった男の子がまた来ていて、私に「ナマステ」と合掌した。インド人のチームは6,7人がいっせいに来て3階の天井のプラスタから始めた。3人くらいが子どもなので、朝からにぎやかだ。
 水周りの職人も弟と手伝いの男の子と3人で来て、セーフティータンクにつながるパイプの道を掘ったり、3階の浴室の配管をやったりした。これまで何度も聞かれている「シンクの場所はどこにする?」、今日もまた聞かれた。また同じことを答えた。今日来る、と言った石の職人は、テクダルによれば「カトマンズに行ってしまった」とかで、来なかった。突然に電気の職人が来た。3階の配線をちょっとやって帰った。今日は電気の人1人をのぞく、ほか全員がインド人だった。

 雷の電気を逃がすための炭を、おじいさんが売りに来た。ネパール人に間違えられて、話しかけられたが、わからなかったのでクリシュナに聞いてもらった。実際どう使うのかよくわからないが、地面に置いておき、そこに雷の電気を逃すのだそうだ。たまたま電気の職人が来ていたので、話を聞いて必要な分2袋を1200ルピーで買った。
2009/8/7(金)
家建築303日目 ゲート準備 水周り 石

 朝8時前、静かでよく働く青年と石を切る職人1人が来る。少しあとに水周りの職人の弟が来る。
 青年は鉄柱にはめるパーツを造り終えると、指示を出す職人が来ないので帰ってしまった。今日、レイクサイドは、メインストリートの道路拡張に反対する店がバンダをしている。それを理由にテクダルはレイクサイドに来なかったが、この青年はどうやって来たのだろうか。
 石を切る職人は、「明日からどんどん進める」とかいろいろ言って帰って行った。たぶん他の仕事があって、その言い訳だろう。私には「怒られるな、まずいな」という顔をしていた。
 水周りの職人は浴槽にセメントを塗りつけただけで帰ってしまった。他にもたくさん仕事があるはずなので、クリシュナが電話をするが、ずっと居留守を使って電話に出なかった。
 プラスタをやるインド人の職人が来て、3階の手すりがどれくらい必要かなどを確認していった。セメントの手すりが445本必要ということだったので、それを聞いて、昨日訪ねた店にオーダーした。
 向かいのロンリーゲストハウスの娘さんの誕生日パーティーがあった。ケーキや甘い物のほか、肉、魚もついたダルバートをごちそうになった。ロンリーの社長は私たちを台所の中に入れて、ご飯とビールをくれた。息子さんが踊ったり歌ったりはしゃいでいた。日本人のお客さんもいて、ずっと盛り上がっていた。私たちも、こんな風に早く自分の家でオープニングパーティーをやりたい。
2009/8/6 (木)
家建築302日目 ガイジャトラ ガーデン&ゲート準備 水周り

 今日はまたヒンドゥー教のお祭り「ガイジャトラ」。テクダルに電話すると、石を切る職人はお祭りに行ってしまったので来ない。水周りの職人は来ると言っていたが、何時になるかわからない。
今日も仕事は休みか、、、と思っていたら、あの静かでよく働く青年が来た。1人で、鉄を切り、四角に曲げて、ゲートの支柱を造る(写真)。そのうち水周りの職人が弟と一緒に来た。私たちが買った浴槽を見て、「ネパール製だと1年半くらいで色が落ちてしまうかもしれない」と言う。タイルの職人が急かしたので、すぐ用意できるものを買った。丈夫なインド製のものは探した店の中にはなく、多分値段は倍くらい高い。まずこのネパール製を使えるだけ使ってみて、ダメになったときに買いなおそうということにした。今日は、このお風呂に小さな石と粘土みたいなものを貼り付ける作業だけで終わった。

 ニューロードのセメントの手すりの店に行く。クリシュナが良いといったネワール民族がやる店は、人がいなくて、たった1人で働いていた職人も「これから実家に帰るので、職人がほかにいない。ほかの店に頼んだ方がいいかも」とやる気がなさそうだった。バスに乗っていてたまたまみつけた、空港の近くの手すりの店に行く。本当に空港のすぐそばにある小さな店で、社長のほか子どもが3人くらい働いていた。モンゴル系の人で、良い感じだった。一番安いのは18インチのもの1個35ルピー、中に鉄を2本にすると40ルピー。28インチにすると45ルピー。

 天気が悪く、今日は木を干すことができない。3時頃に家に戻る。水周りの職人は帰って
しまっていたが、静かな青年はまだ1人で仕事をしていた。本当は9フィートの長さにしなければいけなかったものを8フィート半にしてしまったらしいが、、、。しっかり5時まで働いて閉じまりまでしてくれて、帰って行った。
2009/8/5 (水)
家建築301日目 ジャナイプニマ 木を干す

 今日は「ジャナイプニマ」というヒンドゥー教の祭日。甥っ子が「ジャナイ」という男性が肩にかけるひもや、右腕に巻くひも「タオ」をつけに来る(写真)。クリシュナのバウン民族にとっては大切な行事だ。
 うちには甥っ子のガネシュが来た。前の晩、ババの家に泊まって、ジャナイを用意して(お坊さんに祈ってもらう)、午後にうちにやって来た。ちょうど木を干しているときで、ガネシュにも手伝ってもらった。木の作業をする部屋においてあった木のチップを袋にまとめて、2階にあげる作業も手伝ってもらった。

 祭日なので、働く人は誰も来ない。ヒンドゥー教のお祭りなのに、モンゴル系の職人、イスラム教の職人も来ない。木の社長は今日から人をよこすといったが、こなかった。
 
 夜はサリーを着て中華料理店「蘭花飲店」に食べに行った。中国人の若い男性が経営している店で、安くておいしい。八宝菜、酢豚、豆腐料理など、本当の中華料理(でもあまり油っこくないし辛くもない)が食べられる。中国人の団体さんが食べにきて、とてもお店が混んでいた。
2009/8/4(火)
家建築300日目 石 タイル ガーデン&ゲート準備 木を干す

 朝7時半頃、石を切る職人が来る。2階の踊り場に運んだままの砂が置いてあるので、石を貼る職人は今日も来ない。
 静かでよく働く青年も来て、不要な竹の棒や鉄板を片付けたり、ブロックを壊したりしている。タイルの職人、その息子、手伝いの女性も来る。2階の1部屋の浴室をやった。早く浴槽を買って用意してくれ、と言ったのに、その仕事は進んでいない。
 明け方雨が降ったので、屋上の床が湿っていて、午後になって木を干した。木の職人の社長が久しぶりに金を取りに来た。1万ルピーくれ、と言うが、2人の人が7日間来ただけだから、1人1日400ルピーで、計5600ルピー。この決まった額以上は払わない、と言ったら、ほとんど何も言わず、それだけ受け取って帰って行った。
2009/8/4 (Tue)
家建築299日目 石 タイル ガーデン&ゲート準備 木を干す

 朝、働く人たちが来るのを待って出掛ける。石を切る人、ガーデン&ゲートの穴を掘る静かな青年は来たが、タイルの人はなかなか来ないので、手伝い役の女性に道具を預けていく。
 まずダムサイドのおじさんの家へ、貯金の残金を確認しに行く。ババは「お金が足らなくなるかも」と言っていたが、引き出し分の記録帳を見ると、これまで引き出したのが40ラック(1ラックは10万ルピー。現在10円が7.9ルピー)なので、まだ20ラックくらいは残っている。おじさんの話では50ラックまででできるだろう、と言うので、安心する。それでもクリシュナは不安がって、「記録を忘れているのがあるかもしれない。明日ババに銀行に確認に行ってもらおう」ということになった。今回持ってきて、使わずにおじさんの家の金庫に預けていた24万円も銀行に預金することにした。ネパールの銀行は1年定期なら利率は6%ということもある。それにおじさんの家のあたりは最近泥棒が多いそうで、私たちのお金を持っていることに、おじさんもおばさんも気を遣っているようだった。

 水まわりの店が集まるサバグリヤチョークに浴槽を買いに行く。トイレ&洗面台で気に入ったのがあるペリウェアのお店に最初に行く。ネパール製の5フィートの長さの物が5800いくらだった。次にとなりの店に行くと、5700いくらと言う。これまでタイルを買ってきたマルチという店にも行くが、ここは6200ルピー。最初の2軒に戻る。1軒目の店では物が届くのに5日かかるというので、必然的に2軒目の5700いくらの店になった。ババハードウェアという店で、これまで買ったことがなかったが、けっこう大きい店だった。今日これから届けてくれるということだった。

 野菜を買って、バスに乗って現場に戻る。石の職人2人は、2階の踊り場にタイルの仕事で使う砂が置いてあるので、これ以上仕事ができない、と言って帰ってしまった。
 今日も屋上に木を干す。怪しいなとは思っていたが、うっかりしている間に曇ってきた。4時にあわてて木を片付け終えると、大きな雨が降ってきた。

 静かな青年は定時くらいで帰っていった。私たちのお気に入りのこの青年は、やっぱり仕事が早くて、ゲートの柱を立てるための穴をあっという間に掘ってしまった。
 タイルの職人は2階の浴室をやったが、夜7時半まで、雨が降って表が暗くなる中、親子で仕事を仕上げていった。「よくがんばるなぁー」とクリシュナと2人で言った。壊れた傘を渡すと、親子で腕を組んで帰っていった。
2009/8/2 (日)
家建築298日目 ガーデン&ゲート準備 石 タイル 木を干す 

 朝8時前に石の職人と、ガーデンやゲートを造るための土を掘り返す仕事であの静かでよく働く青年が来た。それからタイルの職人とその息子、手伝い役の女性1人が来た。今までモンゴル系の女性ばかりだったが、彼女はヒンドゥー教系だった。
 クリシュナは足らなかったタイルのボーダーを買いに行ったり、ダムサイドに預けてあるお金を取りに行ったりした。私は1人で木を屋上に運んで干した。大きなビニル袋に入れた木のチップを肩に背負って屋上に運び、並べて干す。何回も往復して、強い日差しの中、木を並べた。久しぶりに働いて、疲れた反面、充実感があった。
 昼頃クリシュナが戻ってきた。静かでよく働く青年は、ガーデンやゲートの周りの仕事をしている。彼にどこにゲートを造るかを言わないといけない。向かいの土地との間に道があり、この道の分を15フィート残さないといけないのだそうだ。将来、道が拡張されることもあるので、15フィートより少し多めに土地を残した方が良いという。クリシュナと私でメジャーで測りながら、青年が印の糸を張っていった。塀のブロックをぎりぎり15フィート分残して造り、ゲートはもう1,2フィート内側に造ることにした。そうすれば万一道路が拡張されて、壊さないといけない場合もブロックだけ崩せばいい。そう石を切る職人が教えてくれた。青年は指示のとおりに、穴を掘り始める。彼は余計なことは何も言わず、黙々と働く。石を切る職人たちが食事休憩に行ってしまうなか、彼は食事もとらずにいたので、クリシュナは売りに来たバナナを買って彼に渡した。
 タイルの方もけっこう進んでいる。2階の部屋に進み、明日にはバスタブを用意することになった。
 3時頃空模様が怪しくなってきたので、急いで木をビニル袋にしまう。今度はクリシュナと2人でやったので早かった。さすがにクリシュナは(ネパール人は)力持ちで、私が1袋も持てないのに、2袋分を両肩にかついで木を運ぶ。木は日差しをたっぷり浴びて温かい。
 石を張る作業は、2階に続く階段の途中まで進んだ。石の職人は私に「ディディ(お姉さん)、バルティない?」と聞いた。バルティがなんだかわからないでいると、彼は笑って「バルティってわからない?」と言い、そばにいたテクダルに「ダイ(お兄さん)、バルティの説明してあげてよ」と言う。ところがテクダルの説明はアクション付きのネパール語になっただけで、私にはわからなかった。職人がバケツを持ってきて「こういうものだよ」と言い、やっとわかった。
2009/8/1 (土)
家建築298日目 カトマンズ発 石 タイル

 朝5時半に起きる。6時15分くらいにホテルを出る。Swiss travelというバスにのる。バスは悪くなかった。ただ、つまんない思いをしたのが、食事休憩したタナフの「カルチャーレストラン」という店。外国人向けのダルバートが約200ルピー(日本円で260円くらい。今は円高だけど、ちょっと前なら400円弱くらいにあたる)。ネパール人には120ルピーで良いと言う。仕方ないからお腹が空いていたけど我慢した。いくらなんでもカトマンズで50ルピーくらいのダルバートを200ルピー。しかも外人にだけ、こんなに取るなんて! 私以外のネパール人はダルバートを食べていた。何度もおかわりする人々を前に、ベジタブルトゥクパ(麺)を頼むが、これも95ルピーと普通の店の倍以上高い上、麺も具もほんのちょっとしか入ってない。なんてセコい店だろう。ダルバートは120ルピー払うネパール人にも高かったらしく、ある女性は怒った上に、かなり残していた。この店は、昨日行ったカトマンズのレストランと同じように「タカリ料理」とうたっている。あんなに心ある美味しいタカリレストランもあれば、こんな店もある。
 バスは14時にはポカラに着いた。カトマンズは天気は悪くなかったが、ポカラが近づくにつれ曇り空になった。
 家に戻る。石を切る職人2人、タイルの職人とその息子が働いていた。レセプションの床は計画通りに石を敷いてくれていた。3階の洗面所の水道の配管が進んでいた。
2009/7/31 (金)
家建築297日目 ハードウェア店に行く タカリ料理

 朝遅めに起きて、昨晩も行ったタカリ民族のレストラン「MUSTANG THAKALI CHULO」に行く。ムスタン地方のタカリという民族の家族がやっている店で、独特の料理が食べられる。タカリレストランという看板を掲げているお店は多いけど、名前だけのこともあるが、ここは本当のタカリの珍しいものを出している。しかもお店もきれい。人もネパールでは珍しく、とてもきびきび働いている。泊まっている「OM TARA GUEST HOUSE」と同じ道にあり、ちょっとなかに入った場所の3階にある。ここのダルバートも食べてみたかったので、朝10時に来た。ベジタブル ダルバート100ルピー。あまりに美味しく雰囲気も良いので、夜もここに来た。おそばの粉を小さく丸めた「カンチャンパ」、卵に春雨のようなものを絡めた「エッグ フィニ」(写真)、小麦粉を丸い小さなお餅みたいにした「ドック ドック」。これはヒマラヤの山岳地方に住むタカリならではの味。3回も来たので、お店のお母さんが覚えてくれた。カトマンズはポカラよりも料理の値段が20、30ルピー安い。
 
 テクというところにハードウェア店があるというので行ってみた。ドアや窓に使う金具を買おうと思い、窓おやじに昨日電話した。「明日の朝8時に電話をくれれば、何が必要か全部ちゃんと教える」と言ったので、電話するが、なかなかつながらない上、やっと出たと思ったら「今仕事でナラヤンガートに来てしまった。明日の朝もう一度電話くれ」と言う。相変わらず、何言ってんの、このおやじ、と思うが、一応違うスタッフに調べさせて電話をくれた。
確かにカトマンズは物の量が豊富だった。ドアの取っ手もポカラより品数が多い。時間をかけて値段を調べたが、窓おやじのスタッフの話があいまいだったうえ、値段もどれほどポカラより安いか判断できず、まだカトマンズに来ることもあるので、今回はコブジャ(鍵をつけるもの)だけにしておいた。すごい疲れた。
2009/7/30(木)
家建築296日目 タイル 石を切る 結婚ビザ取得!

 朝8時半頃起きて9時頃ババに電話する。石を切る職人1人やタイルの職人が来ていると言う。
 10時45分くらいに昨日撮った証明写真を取りに行き、日本大使館へ。戸籍謄本の翻訳もできていた(880ルピー払った)。
バスにのってジャマルまで行き、マイティガールにあるイミグレーションに行く。3階の結婚ビザのセクションへ。クリシュナと同じバウンカーストの女性が、わりとにこやかに迎える。私たちはあらかじめ必要な書類を調べ、先に日本大使館へ行って結婚証明の戸籍謄本の翻訳を持ってきていた。そうでないと、最初にそう言わなかったのに、あとからあれが必要、これも必要、と言って嫌がらせをする。この女性もなんか、いちゃもんをつけたさそうだった。本当は要らないはずのクリシュナの外国人登録証の証明書まで欲しがった。たまたま私は、別の用事で使おうと思ってそれを持っていたので、それを渡した。クリシュナが戸籍謄本の翻訳のコピーを取りに行き、その間私はもう1枚必要と言うので書類を書いた。ここでの書類のチェックが終わり、向かいの部屋に行かされる。2人くらい人が待っていた。ここの男性はわりと簡単にサインをくれた。書類に貼るチケット(収入印紙みたいなもの)を10ルピーで買う。チケットの値段自体は5ルピーなのだが、ここで買うと10ルピーだと言った。ビザ代を払ってきて、と言われ、2階に行く。が、2階の担当者は「ここではない。3階だ」と言われ、また3階に戻る。さっきの女性の担当者がクリシュナだけを呼び「嘘の結婚なんでしょう。今日中にビザ出してあげるから裏金をちょうだい。でも彼女には言わないでね」と言う。クリシュナは適当にごまかし、私にその話をする。
私は彼女のところに行き、「後なんの用事があるの? お金が欲しい?」とわざと言う。彼女は「今ちゃんと進めているから待って」と弁解ぎみに言う。それから「お茶でも飲んできたら?」と言うので「いいえ、大丈夫。あなたはご飯済ませたの?(ネパールのあいさつ)」と私が言う。その後、また別の男性職員が来て、私たちの書類をチェックする。女性が「裏金をくれるように言ったんだけどね」みたいなことを、この男性にひそひそ話している。男性がクリシュナだけを呼ぶ。また裏金の要求だ。私が「私も一緒に話を聞く」と言うと、男性が「あなたは待っていなさい」と強く言うので、こちらも「なんでっ?」と強く聞き返す。この男性は、これであきらめたのか、普通に確認だけして終わった。何回目のことだったか、忘れてしまったが、この女性担当者が不在のとき奥の机にいた女性がチェックして「隣りの建物にも行って、そこでお金を払ってきて」と言う。行くが、そこの男性は「ここはそんな部署ではないよ」と言われ、2階のキャッシャーのセクションに行く。ここの女性は事務的に「120ドル(9255ルピー)」の領収書を出した。そしてまた3階に。またクリシュナに金を請求し、こっちが無視していると、さっき行った部屋にまた行かされる。ここの男性はすぐにサインをくれ、また例の女性担当者に戻る。さすがに裏金はあきらめたのか、「嘘の結婚?」と私に聞く。私が「そうじゃないよ。そういう悪いことする人もちょっとはいるけどね」と言うと、「ちょっとじゃないよ、悪い人がたくさんいるんだよ」と言った。
 12時頃来て、2時頃にめでたく結婚ビザが取れた! こんなに早く簡単に取れるのはかなり珍しいことだ。国王やマオイストが政治をするようになって、役人の賄賂にはかなりうるさくなった。以前は、何日も何日も足止めさせて、不要な書類を求めて嫌がらせをした。日本人の知人も「仕方ないからけっこうな裏金を払いましたよ」「1週間もかかった」と言っていた。もっとも、私たちは日本で結婚手続きを済ませて、日本大使館で証明書をもらっていたのでらくだった。ネパールで結婚して、その証明書をネパールの役所からもらい、こうしてビザの手続きをしたり、日本に行くビザを取るとなると大変である。
 とにかく大きな用事が1つ終わったぁー☆
2009/7/29 (水i)
家建築296日目 タイル 石を切る 日本大使館へ行く

 朝8時半頃、ババに電話で仕事の進捗状況を確認する。石を切る仕事は進んでいるらしい。玄関あたりの床にはもう切った石を貼り始めているらしい。
 結婚ビザ申請の証明書を翻訳してもらうため、ラジンパットにある日本大使館に行く。ここで日本の区役所からもらってきた戸籍謄本を英語に直したものを発行してもらい、それをネパールのイミグレーションに提出する。これまでは2ヶ月程度の短期滞在だったので、観光ビザ(年間150日間まで滞在可能。1度目は100日間・100ドルなどの取得の仕方がある。ネパールの空港で簡単に取れる)で良かったが、今回はもっとながく滞在するのと、結婚ビザの方が年間120ドルと割安なので、今回初めて申請することにした。ただ、ネパールの役所というのは、いやがらせをしたり、賄賂を要求したりして、そう簡単にビザを取らせてくれない。そんなこともあり、どれくらい時間を要するかわからないので、これまであえて結婚ビザにしてこなかったのだ。
 9時半頃大使館に着く。入館者の氏名などの記載、金属探知機、荷物のx−rayなどをして中に入る。ネパール人はこの前のゲートの段階でもっと入念に来館目的などを聞かれる。中でもネパール人は列になっているが、日本人の私は空いている窓口ですぐに用件を聞いてもらえた。日本語のできるネパール人の男性職員が「明日の3時に取りに来てください」と言うが、それでは4時に終わるネパールのイミグレーションに行くのに間に合わないので、そう言うと「そお、じゃあ11時に来てください」と言われた。同じ通りにある店でヌードルを食べ、その近くでビザ申請に必要な証明写真を撮ったり(8枚で100ルピー)、パスポートのコピーをとったりした。1個用事が終わって、ちょっとホッとする。
 泊まっているホテルで水道の修繕工事をしている。朝から9時近くまで働いていた。うちの仕事にスカウトしようかと思った。
 4時頃ババに電話すると、石を切る仕事2人がやっている。タイルの人も来たそうだ。
2009/7/28 (火)
家建築295日目 石を切る 水まわり カトマンズへ

 朝5時に起きる。今日も少し雨が降っている。7時少し前に家を出る。
 バスに乗ってバスパークに着く。バスはムーンライトで頼んだ350ルピーの小型のバスだった。バスは3時前頃、タメルの裏側に着く。降りたところに待っていたホテルの客引きの中で「OM TARA GUEST HOUSE」(写真)が400ルピーというので、そこに行くことにした。タクシー代も払ってくれた。ホテルは確かにタメルの中心で、「おふくろの味」という日本料理店の並びにあった。建物は古いが清潔だった。スタッフの感じも良く、水もしっかり出る。
 ババに電話で確認したところ、石を切る仕事、水周りが進んだらしい。タイルは来なかったそうだ。
2009/7/27 (Mon)
家建築294日目 タイル

 朝8時を過ぎても働く人が来ない。テクダルに電話する。9時頃壁チームの人たちが来る。それからタイルの職人が助手の若者を1人連れて来る。タイルの職人は「今日は雨だから、物を運ぶだけにする」と言うので「床のタイルが来たら仕事をする、と言ったから、私たちが急いで買ったのにどうしてやらないんだ?」と怒る。
このやりとりをしている間に、石を切るためにやって来たはずの壁チームが全員帰ってしまった。携帯に電話をすると「雨に濡れるから今日はやらない」と言う。じゃあ何しに来たんだ? まったく、このおにいちゃんたちの働き方は気楽でいいな。。。テクダルに電話してもスイッチオフというアナウンスになる。
さっきけんかしたタイルの職人は、私がご飯を作っていると「サウニ(女の社長さん)、ご飯作ってるの?」と普通に話しかけてくる。「カルカッタではカリフラワーのことはフルゴビって言うんだよ」。カルカッタに行ったことはある? と聞くので「ない。デリーとバンガロール、チェンナイには行ったよ。カルカッタは危ないところじゃない?」と言うと「危なくないよ。カルカッタに昔から住んでいる人は良いんだよ。新しくビジネスのためにやって来る人たちが悪いんだ。サウニ、ご飯ができたら私にも食べさせてね」。結局、この職人は、やらないと言った床のタイルの仕事も1部屋分して帰った。
2009/7/26 (日)
家建築293日目 鉄を買い控える 水まわり

 今日はナゲパンチャミというヒンドゥー教のヘビを祀る日。雨も降っているし、働く人は案の定来ない。バルコニーの手すりに使う鉄がなかなか届かない。ただ手すりを造る職人に聞くと「もうしばらくすると鉄の値段が下がる(最近国会で予算が成立した)。ちょっと待った方がいい」と言う。そうなると、私たちがポカラに今いてもすることはなくなった。結婚ビザの申請などの用事があるカトマンズに行こう。ということになり、クリシュナがチケットを買いに行った。
 2時半頃になって、水道(水まわり)の職人さんがやって来た。静かで顔が良く似た弟と2人で来て、屋上などでパイプの作業をしていった。屋上で弟が作業をする間、兄の方は家の裏で壁にもたれて居眠りしていた。
 木の仕事の社長がクリシュナにまた電話で金を請求してきた。「ちょっとお金が必要になったので現場に来ている」と言う。前回払ったときからほとんど仕事は進んでいない。たまたま外にいたクリシュナは「今近くにいないから」と断った。
2009/7/25(土)
家建築292日目 ちょっとだけ壁

 昨日給料が入ったので、今日は来ないのではないかと思っていた職人たちが、7時半頃にやってきた。おぉ、なんて偉い人たちだ!と感心したのもつかの間、「石が足らないので、注文して欲しい」と言う。石屋に電話すると「今日中に届けるのはむり」と言われ、「それなら今日は仕事はしない」と言って、2人の職人は帰ってしまった。来て数10分程度で帰るなら、いっそのこと来ない方がいいんじゃないかと思うが、わざわざ来て話をして帰る。ほんとにのんびりした人たちである。でも、階段用に買った石はちゃんとあり、それをマシンで切る仕事がある。そっちをやればいいのに、2人は帰ってしまい、1人が残って「足らない」と言った壁の石をつける仕事をしている。午前中だけこの仕事をして帰った。

 木の職人は今日も来ない。部屋に置きっぱなしだった木を、面倒くさがるクリシュナのお尻を叩いて干した。借りている家の屋上に運んで木を並べた。並べてみると、けっこうな量があり、もしかしてもう切るべき材料は切り終わってしまったのかもしれないと思った。大きなビニル袋10袋分、炎天下の中、運んで干した。夕立があるので、3時頃まで干して片付けた。ちょっとカビが生えてしまったのもあったけど、干すと気持ちが良かった。3週間くらい干し続けたほうが良いらしい。
2009/7/24 (金)
家建築291日目 石 壁 水道工事

 朝8時前壁の職人たちが来る。マシンを使って石を切り始めた。夕べビジュリコダイになおしてもらったが使えなかった電気も今朝は普通に使えるようになっていた。石は階段につけるためのもので、サイズを測りながら切っていく。1個切って仕上げるのにけっこう時間がかかって、全部切るのに1か月くらいかかるんじゃないか? と思った。壁のチームの2人が午前午後交替で石を切り、1人の職人が1階の残っている部分の石をつけた。
 水道工事の穴を掘る男の子2人も朝から来て仕事をしている。
 屋上のスロープのための煉瓦をつけている職人(以前テクダルに腹を立てて1度辞めた人)は、昨日テクダルから給料をもらったので、案の定今日は来ない。でも、物を運ぶ人はちゃんと派遣していた。以前来ていたお姉さんもいた。この2人で、3階の壁のために使って割れた煉瓦や石のかけらを屋上に運んだ。このかけらでスロープを造る。物を無駄にしないのだ。静かでよく働く青年も来て(この人々はテクダルも住むシンパニというところから来ている)、不要なコンクリを壊していた。
 タイルの職人は朝きて、「床に敷くタイルを買ってないなら、まだ仕事はできない」と言って帰ってしまった。テクダルが「床じゃなくて壁からやればいいだろう」と怒ってくれたが、どうしてもやらない、と言う。テクダルは「仕方ないから床のタイルも買ってあげなさい」と言った。
 テクダルに給料2万5000ルピーを支払った。テクダルはクリシュナからお札を渡されると、数えもせずに受け取り、その後職人たちに給料を渡していた。テクダルはマガル民族。人を疑ったり、物事を計算したりしない、基本的に心のきれいな民族なのだ。職人たちは6時くらいまで働き、何千ルピーというけっこうな給料を受け取っていた。これから飲みにでも行くのかな、と思うと、働いて収入を得ている彼らがちょっと羨ましくなった。
2009/7/25 (Sat)
家建築290日目 石が硬すぎて切れない 水道工事 屋上スロープ 

 朝、昨日買ってきた石を前に職人やテクダルが話をしている。石があまりに硬すぎて、マシンで切れないと言う。300個買った全部が同じ石なので、どれも使えない。取替えに行くしかないと言う。昨日職人やテクダルも一緒に店に行って見たはずなのに、どうして今更? と思うが。。。みな気の毒そうな顔をして、1時間くらいそうやって話していた。この間、今借りている家の大家さんが来て、飲料水を引くための水道工事の手配をしている。うちはまだ水道の配管も終わっていないので、この工事はまだ先の話かと思っていたが、大家さんが「同じところから水道を引くので、クリシュナのうちも今日一緒にやってしまおう」と言い、急遽今日やることになった。確かに同じ水源からうちと大家さんの2本のパイプを並べて引くので、一緒にやってしまったほうが良い。クリシュナはパイプのオーダーなどに追われた。
 それから急いで石を買いに行った。でも、まだ職人の方が「ご飯を食べてから来る」と言うので、早く着きすぎてしまい、私たちも店に入ってダルバートを食べた。石の店に行って店主に事情を話すと「硬くて切れないかも」とちゃんと職人やテクダルに話したはずだ、と言う。私たちにはそんなこと言ってなかったけど。石を引き取りに行くなら、その車代(3往復で計1800ルピー)も必要だと言う。テクダルに電話すると「そんなお金は必要ない」と言って、その後テクダルも来て話をしたが、結局車代は私たちが払うことになった。ただ、おもしろいのは、昨日買った石は125ルピーだったのが、今日買い換えた石は115ルピーまでディスカウントさせたので、車代を払っても私たちはほとんど損をしないことになった。
 1時過ぎに現場に戻ってくると、水道工事のための穴を掘る男の子や、あの静かでよく働く青年が来ていて、待っていたように飲み水をもらいに来た。暑い。私も今日は石の店でテクダルたちが来るのを長いこと待っていたので、日陰にいたのに日に焼けていた。帰ってきてから洗濯したのに3時間くらいですぐに乾いた。
今日はこの青年が不要なコンクリートを壊すのと、屋上のスロープのための煉瓦の仕事が進んだ。石が珍しく早く届いた。ちょうどテクダルが来たので、今度こそちゃんと切れるかチェックしてくれ、と言った。職人は嫌がる風もなく、石を切りに来て、問題なく切れると、「みなの見ている前で切ってみたから、もう大丈夫だよ」と笑って言った。
水道工事は半分くらいまでパイプを埋め終わった。大家さんは自らもスコップを持って汗をかいていた。
夕方セメントに水をまこうとすると、またモーターが動かない。「よく壊れる機械だなぁ」、とつぶやきつつバケツを使って水をまいた。
2009/7/22 (水)
家建築289日目 壁 屋上スロープ 

 今日は日食で、ネパールでは朝の5時45分から7時まで観察できたらしい。クリシュナのカンタンな説明によれば、ヒンドゥー教では「神さまが仕事をするのが大変な日。だから今日は人も一緒に神さまのために頑張る。今日ある食べ物は、全部今日食べきらないといけない日」。夕方肉を買いに行くと、「今日は全部売り切らないといけないから」と言って、さばいた肉を売り切って早々に閉まっている店が多かった。
朝8時前、壁チームが来る。そして以前壁をやっていてテクダルがちゃんと指示を出さなかったことに腹を立てて辞めた職人さんが来ていた。この職人が床や階段に敷く石をやるのかと思っていたが、そうではなく壁チームの最近入った職人がやるようだった。この職人とクリシュナが一緒に石を買いに行った。昨日私も行って、だいたいどんな石を買うかは決めてある。1時間くらいして石が運ばれてきた。
 3階の煉瓦の壁の残りの部分をやって、壁チームは4時半頃帰っていった。職人たちの補助の仕事をするお姉さんが息子を連れてきていた。10歳だそうだ。私を見ると笑ってナマステと手をあわせる。グルンやマガル族の子どもはとてもかわいい。今日は日食で、学校も休みだそうだ。
 一度辞めて戻ってきた職人さんは、テクダルの指示を受けて、屋上の手すりとスロープをつけるためのセメントの部分を造っている。
 あの大人しくて真面目に働く「中田似」の男の子も来ていて、壁の不要な部分のセメントを壊していた。私たちが見ていない間に、一番最後に仕事をあがったらしく、竹の棒で入り口を閉めて行ってくれていた。これはいつも私たちがやっている作業で、きちんと閉めて行ってくれたのはこの彼だけだ。ほかの働く人たちは開けっ放しで帰っていく。
 木の職人は、昨日のことで社長が「すねた」のか、朝職人が道具を取りに来ただけで仕事には来なかった。タイルの職人も来る、と言って来ない。どっちもそんなには急いでないので、そのまま連絡しなかった。
2009/7/21 (火)
家建築288日目 壁 プラスタ 石を見に行く

 朝から壁、プラスタの職人が来て仕事が始まっている。
 木の社長がいきなり7,8人職人を連れてきて、「今日から床に木を敷く作業も始める」と言う。木の床は2階からやってもらい、万一材木が足らない場合、1階は普通にカーペットにしてもいいかと考えている。この木の社長が、また途中で金が欲しいとか言い出しかねないからだ。クリシュナが電話で2階からやって欲しいこと、まだ2階は床のプラスタが終わっていないのでしばらく待って欲しいこと、を伝えると、木の社長は話の途中で電話を切り、それ以降かけても電話に出ない。この後、スリジャナチョークでたまたま彼に会ったが、私たち声をかけて来なかった。
 昼頃、床や階段に敷く石を探しに行った。「ビンドゥバシニストーン」という石材店で、テクダルが紹介したところだ。確かに数が豊富だった。少し青みがかった白いのが1個130ルピー、黒い光ったのが一番高くて250ルピー、黒くて光っていないのが160ルピーだった。白いのだけ予約しておいた。
 ゼロキロメーターから近い電気の役所に行った。知り合いの役人の所長さんはでかけていて不在だったが、書類はすでに用意していてくれた。サービスチャージ、ボックス代で合わせて1930ルピーを払った。電気はあと3週間あとくらいに引かれるらしい(バダウの2日?)。
 スリジャナチョークのタイルの店にも行った。安い白いので48ルピー。まだ買うことは決めなかった。
2009/7/20 (月)
家建築287日目 壁 プラスタ

朝から壁の職人が来て作業を始めている。そばで賑やかだなと思ったら、壁の仕事で今借りている家側に竹の棒で足場を組んでいる。ここを借りているので何かと便利だ。
プラスタは2階の階段のところに足場を組んでいるので、3階まで行くことができない。そんなことで今日はほとんど現場に足を運ぶことができなかった。すごく暑いので、みな頻繁に水をもらいに来る。今日は水も買った。クリシュナはうまくやっていて、1つの水供給会社で10回水を買い、そのレシートを見せると1回分ただになる、というサービスを利用していた。木の人は目つきの怖い人と学生の2人が来たが、機械が壊れたとかで仕事をせずに帰ってしまった。
2009/7/19 (日)
家建築286日目 壁 プラスタ 木

 朝8時前から現場に人が集まりざわめきが聞こえる。壁とプラスタの職人たちにテクダルがてきぱきと指示を出している。プラスタは今日は2階から3階の踊り場の壁をやった。3階は3人の職人と補助の2人が来ている。木の職人は、目つきの怖い人と少しの間少年が来ていた。
 壁はみなのんびりとしたムードで働いていたが、夕方テクダルが来て、「ここの煉瓦のつけ方がまがっている」と言って怒ると、急にシンとなってしまった。もう帰る仕度をしていたが、もう1度ひもで水平を計り、煉瓦を外して付け直した。
 プラスタのインド人チームは、さらに遅くまで働いていた。プラスタは一気にやってしまわないといけないもので、どんなに夜遅くなっても必ず終わりまでやる。4人の動きはとても早い。砂やセメントをかきまぜる作業も、セメントを壁に叩きつける作業も、こてやへらで表面を滑らかにする作業も素早い。夕方、日が落ちかかるなか、作業が終わった。
2009/7/18 (土)
家建築285日目 壁 プラスタ 木

 朝8時頃から現場が騒がしくなってきた。壁の人も、プラスタの人も集まっている。その前には、テクダルがあの静かで仕事の早いマガルの男の子を連れてきて、不要なコンクリートの部分を壊させている。カンカンカンと工事現場らしい音が鳴り響いている。木の人も着て機械でかんなをかける音がする。
 壁の職人3人で石や煉瓦をつけている。長髪の若者と昨日から来た新しい職人の2人は午前中くらいで帰り、石と石の間にセメントを塗る細かい作業はリーダーが1人で6時頃までやっていた。3階の足場の上で、暑い中、タオルを頭に巻いて、職人の顔をしていた。補助で石やセメントを運ぶお姉さんも暑くて辛そうだった。道にチュラ(腕輪)を売る屋台が来ると私に「緑色のチュラを買いなよ。サウン(ネパールの暦)に緑のチュラをすると良いんだよ」と教えてくれた。
 プラスタはインド人のチームがやる。昨日石を運んでいた少年(写真)も、今日は大人顔負けの仕事をしていた。私とは顔見知りになったので、目が合うと笑う。機転の利く子で、階上から砂やホコリが落ちてくると「そこ危ないですよ」と教えてくれたり、タイルの職人が乱暴に物を投げて、水道のパイプに当たりそうになると、何も言わずそのパイプをどかしたりする。今日は2階の4部屋の床を全部やった。4人のチームでうち2人は10代半ばくらいの少年だった。砂やセメントを運んで水を混ぜて、床にセメントをまいて、へらなどで滑らかにしていく。とても仕事が早かった。7時頃仕事が終わり、1人80ルピーの祝儀を出した。
 木の人は今日はまた違う職人が来た。彼が朝持っていった電気のたこあしが壊れていた。クリシュナが尋ねると「プラスタの人たちが水を入れるのに使ったときだ」と言う。クリシュナが今度はプラスタの人に聞くと「私たちじゃない」と言う。それからプラスタのリーダーが木の人のところにやってきて、けんかになった。木の人はものすごい目つきで相手を睨んだ。結局誰が壊したのかわからないが、同じインドから来たイスラム教徒の人同士で、どうしてこうすぐにけんかするのか。
 タイルの人は10時半過ぎに来て、「昨日はすごい雨だったから助手役の人を探せなかった」、今日遅れてきたわけをいろいろ話し、1人でやれる作業を始めた。早めに仕事をあがり、「プラスタが終わるまで作業ができない」と言って帰っていった。最初の日はボーダーのタイルの色の濃淡をどうするか、と私に尋ねていたが、昨日やったところを見ると、その色の濃淡などまるで無視して作業がされていた。
2009/7/17 (金)
家建築284日目 壁 タイル 木

 壁の職人たちは8時前に来る。壁の職人は新しい男性が1人加わった。今日もしもいつもの2人が来なかったら、他の職人を連れてくると言っていたので、あらかじめキープしていたのだろう。新しい職人は来るなり、窓の枠の外側にはめる大理石をマシンで切り、石を吟味し、てきぱきと働いた。いつもの2人も来て、煉瓦や石で壁を造る仕事をしていた。この2人と新しい人は知り合いのようだった。私たちが仕事が遅いのを怒っていることを気がつく風もなく、わきあいあいと、ほのぼのとしたムードで働いている。
 タイルの職人は、また若い人の方が働きたがらないので、国の言葉(インド・カルカッタ)で怒りまくっていた。若い人は職人の息子だった。手伝い役の人が今いないので、学校の試験休みに入った息子に働かせようとしたが、仕事が嫌いなのだという。セメントで手が荒れたので、初日のみで嫌になってしまったらしい。今日も来ていたが、どこかにフラフラと姿を隠してしまう。「違う人を探してくるよ」と父親の方も2時に仕事をあがってしまった。
 
 プラスタは今日やると言っていたのに、また1人の男の子が来て砂を運ぶだけだった。そのインド人の男の子がちょっと運んではすぐに休むので、イライラが募っていたこともあり「早くやりなさい」と怒ってしまった。当の本人はそう言われ慣れているのか、「まだ終わらない」と可愛い顔をして首を振って笑っていたけど。たった1人で働いているのが淋しいのか、壁の職人たちのところに来ては休んでいる。若い壁の職人がおもしろがって、男の子に下ネタを話す。男の子の方は意味がわかっているのか、いないのか、あまり答えない。
 壁の職人たちは6時頃、インド人の男の子は6時半頃仕事をあがった。壁の職人チームは、ちょうど運ばれてきた煉瓦のトラクターの荷台に乗って帰っていった。
 今日は木の人は来なかった。
2009/7/16 (木)
家建築284日目 壁は祭りで休み タイル 木

 朝8時頃テクダルは来た。木やタイルの職人も来ている。今日やると言っていたプラスタの職人たちは来ず、1人のインド人の男の子が来て、かごを頭にひもで引っ掛けて砂を2階に運んでいる。今日はこれだけなのだそうだ。壁をやるネパール人の職人たちはやっぱり来なかった。テクダルは「明日もし彼らが来なくても他の職人を送る」と言う。
 タイルは若い男の子の方が、仕事をしたがらない。来るなり屋上に上ってしまって、職人が呼んでも降りて来ない。いかにも仕事を嫌がっている。それでも私が見ているので、職人はプラスタの砂を運びに来ていた男の子に、自分が使う砂も運ばさせた。この男の子は大人しいけっこう良い子で、職人の子どもが働かないでいるのに、黙って砂を運んだ。
 木の人は、前の職人に比べたら、ときどきサボっている。私が部屋に見に行くと、ハッとして仕事を始める。また少しの時間だけ学生のアルバイトが来て、木を12インチにカットしていった。
2009/7/15 (水)
家建築283日目 壁 水道 木

 朝から働く人が来ない。壁の職人は昨日給料が入ったので、案の定来ない。彼らの補佐で物を運ぶ女性だけがちゃんと7時半に来ていたが、職人たちが来ないので帰ってしまった。テクダルに電話する。「壁の人は遅くなっても来るはずだ。プラスタをやる人は明日から来る」と言う。タイルの人は来たが、手をセメントで怪我したと言って、明日からやると言う。
 最近、急に親切になった水道の人は10時前に来て、最後まで働いていた。壁のサイドに穴を掘り、その中にパイプを埋め、外にあるタンクにつなげる。リーダー、その弟、男の子の3人でやっていたが、朝は日差しが強く汗だくになっていた。
 今日は来ないだろうと思っていた壁の3人組は、昼頃やってきた。手伝い役のお姉さんが朝帰ってしまったので、彼ら自身でセメントを運んでいた。台所と廊下の仕切りのドアとトイレのドアの木枠を置き、そのそばに煉瓦を積んだだけで終わってしまった。明日はエカダシ(サクラティ)というお祭りだがテクダルには「半日でも来い」と言われているという。でも、クリシュナには「明日は来ない、来ない」と言って帰っていった。この人たちが朝来なかったので、クリシュナは近所の建築現場にいる同じ仕事をする職人に話を聞いてみた。すると「今は職人が足らない。厳しい」と言われた。彼らには仕事がたくさんあるのだ。
 木はかんなをかける職人と、若い学生アルバイトの2人が来た。学生は私にきれいな英語をしゃべった。12インチに木をカットしていた。
2009/7/14 (火)
家建築282日目 壁 タイル 木

 朝7時半頃まず壁、続いてタイル職人も今日は早く来た。木の作業をする部屋に、この間、金を取りに来てけんかになった木の社長やほか数名が来ている。木の社長は私たちに声をかけることもせず帰っていった。なんだかよくわからないが、かんなをかける職人が変わり、若い1人の男の子がかんなをかけ終わった木を1フィートの長さにのこぎりでカットしていった。木の職人はわりと愛想がよい。私が彼に何も言わず、かんなくずをビニール袋に集め始めると「私がやります」と言ってすぐに仕事を代わった。
 
タイルは今日は1階の正面側の部屋の浴室をやった。

壁の職人たちはテクダルから2000ルピーくらいもらっていた。こういう次の日は休む。明日はやばい。

 夕方水道の人が様子を見にやってきた。タイルの割れているところを発見し、トイレのメーカーのパンフレットを持ってきてくれた。急に親切になった。

 日中はすごく暑く、夕方からはすごい雷雨になった。クリシュナの誕生日だったが、どこも出掛けられなかった。
2009/7/13 (月)
家建築281日目 タイル始まる

 朝7時半頃、壁チーム、浴室天井プラスタチームが来る。今日から浴室のタイルの職人も来た。続いて電気チーム3人、木の職人1人。総勢12人が動いている。あちこちでかなづちの音やマシンの音が鳴って、仕事が動いてるなと実感する。クリシュナはタイルの職人にタイルを水につけておくたらいが必要と言われ、それを買うのと、「窓おやじ」のところにドアのオーダーをしに行く。私は現場にいるが、飲み水や物置においてある物を取りに来る人の対応に忙しい。今借りている部屋を私たちが退出したあと借りたい、という人も来て、ゆっくりご飯を作って食べている暇もない。
 タイルの職人はカルカッタ出身のインド人。1人は40代半ばくらいの人で、もう1人は彼の息子のように思える。ちょっと顔が怖いが、ずっとそばで仕事を見ているうち、丁寧な人だとわかった。なんでたらいが必要なのか、ボーダーというアクセントになるタイルの飾りをどこに置くか、タイルを買うとき「特別高い物も要らないし、安すぎるのもダメだと(クリシュナに)話した」とか、何でもこちらが納得が行くように説明する。知らないふりをしようとしたのか、そうでないのかわからないが、割れたタイルをそのままつけようとしたので、「これはよくありません」と止めると、「わかってるんだねぇ」みたいな顔で笑った。「マダム、この1室が終わるまではここにいて、見ていてください」と言われた。正直な人かもしれない、と思ったのは、3つタイルの色自体が若干薄いのと濃いのとがあって、「もうこの3つをつけてしまったんだが、どちらでもそう変わらないとは思うんだが、やり直した方がいいか、どうする?」と聞かれた。若い人のほうは、「いやー、全然大丈夫だよ、平気、平気」とやり直さないように勧める。どうせならやり直してもらったほうがいい、と思い、「これはokできません」と言うと、年長者の職人は即座に「よしっ、やり直そう!」と手を動かし始めた。タイルは天井に近い1フィート分を残して、壁全体に張ることにした。半端な箇所や配管のところのタイルは、機械やカッターを使って手で切る。張り終わったあとはガーゼを使ってきれいに拭く。今日は昼頃来て、19時頃1室分の作業が終わった。
 電気の配線は2階まで今日で終わった。

 1日中とても疲れた。チベタンのおじさんの店で食べ物を買った。
2009/7/12 (日)
家建築280日目 壁 浴室プラスタ 水道 電気 木

 朝7時半頃からネパール人の壁チーム、浴室床プラスタチーム、インド人の浴室天井プラスタチームが来て仕事を始める。10時頃水道チームが来る。水道の職人は彼の弟を連れてきて「私がいないときもちゃんと彼が代わりにやりますから大丈夫ですよ」と、わざわざ言っていった。あのわがままな甥っ子の件で、私たちが怒っているのを知って以来、気を遣うようになった。
 電気チームは今日は2人が来て、天井や壁に電気の線を入れる仕事をした。これは天井をセメントで固める際に、パイプを通しておいて、そのパイプに電気の線を入れる。うまい具合に天井から入れた線が壁から出てくる。でも、ところどころ壁のプラスタをやった職人が間違えてセメントを入れてしまっていて、出てくるはずの場所から線が出てこない。電気の職人は水を含んだパイプを穴に入れて、そのパイプから水をにじみ出させて、線の出てくる場所を見つけた。そのために必要でない場所までセメントを壊すことになってしまった。部屋の中央に扇風機をつけるためのフックも、まったく関係のない場所に造られてしまった部屋があり、その不要な鉄のフックを切ることになった。
 浴室床のプラスタは、タマンのお姉さん、中田みたいな顔をした青年2人で一気に2階の4室が終わった。この2人は人も良いし、仕事も無駄がない。お姉さんは、「水が飲みたければ、(私たちが渡してある)ミネラルウォーターのボトル(空きペットボトル)をなくしたらダメだよ!」とみなを一喝してくれた。飲料水は大きなポリタンクにためて、それを私たちの部屋に置いておき、そこから各自にペットボトルに入れて渡すことにした。以前は彼らに任せてポリタンクだけを置いておいたが、あの水道の職人のわがままな甥っ子がポリタンクを汚してしまい使えなくなった。だから自分たちの部屋に置くことにした。でも、みな毎日空きペットボトルを渡しているのに簡単になくしてしまうか、汚してしまう。「もう他に空きペットボトルはないから、帰りに私に戻して帰ってください」と言っておいた。
 木の職人は以前よりやや出勤が遅めだが、今日も変わらず仕事に来ている。
2009/7/11 (土)
家建築279日目 電気始まる 仕事動き出す 木の社長とけんかになる

 
 朝8時少し前、壁の職人チーム3人、浴室の床プラスタチーム2人、浴室の天井プラスタチーム2人(インド人、1人は子ども)が来る。それから木の職人、水道チーム、初めて電気の職人もやって来た。壁チームは昨日からオーダーしていた石がなかなか届かず、ちょっとの壁と竹の棒で足場だけ組んで帰ってしまった。浴室の床は1人のタマン民族の女性と1人のモンゴル系の男の子(ずんぐりとした体型だがサッカーの中田っぽい顔)でやっている。この男の子は寡黙で仕事が早い。女性の方もしっかりしている。タマンの彼女は今ネパール語の読み書きを習っている。なぜなら生まれた村ではタマン語しか話さないので、共通語のネパール語を習ってこなかったからだそうだ。この2人で物を運び石を敷き詰めセメントを混ぜ、プラスタをやる。男の子の手の動きがとても早い。一気に1階の浴室床が終わった。クリシュナは風邪をひいて熱があると言いながら、セメント運びを手伝っていた。この作業が終わったご祝儀で2人に100ルピーずつ出した。
 水道はリーダーと助手の男の子で外側の配管をやっている。今日はこの水道チームが一番最後まで働いていた。
 天井のプラスタチームも何も言わなくても、せっせと働いている。
 初めて来た電気チームは社長と1人の青年が来て、青年が壁のスイッチを置く場所に穴を開けた。社長は私がちょっとネパール語を話すとニコニコと笑った。明日から働く人を増やすと言った。
 人が集まってきて、サクサク(ネパール語ではクルックル)仕事が進んでいて大変気持ちが良い。浴室は水道の配管が終わったら床、床が終わったら天井、とうまく回してくれている。
 
 ところが、今日は仕事を始めて以来、初めてかなり嫌な思いをした。木の床をやっている社長が昨日金を取りに来た。「2万5000ルピー(5万円くらい)を15日分の給料としてくれ、明日取りに来るから銀行で降ろしておいてくれ」と言って帰った。まだ材木の半分にかんなをかけただけだ。実際に仕事をしている職人は1日400ルピーもらっているといっていたから、15日でせいぜい6000ルピーのはず。2万5000円(5万円くらい)と言ったら、日本人にだってそんなに安い額じゃない。しかも契約の紙では1つの部屋の床まで終わったら1回分を払うといったはずだ。それを急に、しかも高額の金を払えと言う。なぜそんなに必要なのか? と聞くと、「食べ物を買ったり、職人が村に帰るために払う給料がある」と言う。「それはあなたのマネジメントの問題で私たちには関係ない。私たちはあなたが働いた分の6000ルピーしか払わない」と言ったら、「そんなけちなことを言うなら仕事はできない」と言う。私が「一昨日は3時に仕事をあがってしまい、昨日は来なかった。金をくれと言いながら、こうして来ていない」と言うと、顔色を変えて「私たちはイスラム教徒だ。イスラムは(8回に1回?)の木曜日は仕事をしないことに決まっているだろう」と言った。私がちょっとわからない言葉があってクリシュナに日本語で尋ねると、「ネパール語でしゃべりなさい」と言う。挙句の果てに「まるで子どもと話しているみたいだ。子どもの遊びにつきあっているみたいだよっ!」と言った。どっちが? と言いたかったが、わざと怒ったふりをして、あえて1回部屋に引き上げ、やっぱりこの人を使っているダルサンホテルのオーナーさんに電話で相談してみる。オーナーさんは「すぐに金、金と言い出します。やった分以上は絶対に払わないほうが良いですよ。やめさせることもできますが、一応働いているうちは働かせて、こっちも今はお金がない、と言い続けるしかありません」。私たちが他の人の対応に追われ、しばらくこの木の社長を無視していたら、ずっと後をついてきてやがて「6000ルピーでもいい」と言った。職人も何事も知らないかのように来て、仕事を始めていたので、その6000ルピーは支払い、サインを書かせた。この人はインド人のイスラム教徒。階段の仕事もやってもらおうかと思っていたが、やめることにした。
2009/7/10 (土)
家建築278日目 壁 浴室のプラスタ 水道

 朝8時少し前から働く人々が来る。壁の職人チーム3人と、今日から浴室の床のプラスタも始まった。以前来ていたモンゴル系の女性1人が物を運び、若い男の子が床をやる。私たちは前日までにできたプラスタの場所にホースで水をまいた。まいている間にクリシュナが1階の浴室の水道のパイプに穴があいていることに気がついた。床のプラスタをやる際、まずそこの土を掘り起こさないといけないが、その時につるはしで誤ってパイプを傷つけてしまったようだ。テクダルも気がついていて、水道の職人を呼んでいると言う。天井のプラスタをやるイスラム教のインド人のチームは、今日はイスラムの行事のある日で仕事に来ないと言っていたが、プラスタが終わらないと仕事ができないタイルの職人が急かしたらしく、2人が午前中だけ来て少し仕事をしていった。
 水道の職人は1回来て、「今はほかで仕事があるから、それが終わってから来る」とわざわざ言いに来た。その通りしばらくあとに助手の男の子を1人連れてやって来た。壊れたパイプはそこだけ切って、短く切ったパイプをあてがい修理をした。
 9時頃テクダルが来ているときに、鍛冶屋さんが来て、ベランダの手すりの話をしていく。この人は窓の鉄柵もやっている。あんまり欲のない人なのか、ベランダの手すりは、私たちがやりたいのはシンプルな鉄のポールを煉瓦の間と間に置いただけのものなので、「鉄をあなたたちで買ってきて、あとは煉瓦の職人に頼んで造ってもらたほうが、私たちが造るより安いですよ」と言っていた。
 壁の職人が窓の周りの壁をやるのに鉄が必要というので、近所の店に鉄を買いに行く。ついでにベランダの手すりに使う鉄のポールも買ってきた。1本875ルピーだった。
 木の社長が金を取りに来た。2万5000ルピー欲しい、と言う。クリシュナはその金額の高さに怒った。
2009/7/9 (木)
家建築277日目 水道 木 ガス

 朝起きてセメントに水をまこうとすると、モーターが壊れていて使えない。仕方なく手でバケツを使ってまく。この、よく壊れる機械がまた壊れてしまったので、水を使わないと仕事にならない壁の職人は8時頃来たが帰ってしまった。クリシュナは昨日オーダーしたタイルを買いに行く。8時半にタイルの職人と一緒に品物を取りに行った。
 タイルの職人は忙しい人らしく、今日から早速仕事をするつもりでいたが、プラスタをやる職人が体調不良で来なかったので、彼の仕事も始められず品物だけ置いて帰って行った。
 水道の職人が11時頃来た。昨日の約束を守って、一応ちゃんと来た。あのわがままな甥っ子ではない男の子を連れてきた。今までそんなこと一度もなかったのに、「マダム、これを使って座って」と言って、ダンボールを破いて持ってくるなど、私に気を遣っていた。2階のバスルームにパイプを設置する仕事をした。
 これまで何度も連絡を取りながら来ていなかったガスの店の人が来た。クリシュナと同じブラーミン(バウン)民族のちょっと怖い顔をした男性と、眼鏡をかけたインテリ風の若い男性の2人だった。ガスの湯沸かし器が危険でないこと、予算もそんなにかからないこと、などを確認する。そしてどこにプロパンガスを置くかが問題なので、テクダルを呼ぶ。ひさしにスロープをつけるか、スロープにしないでそこにガスを置くか、などを相談した。ガスの人によれば1階に置くことも屋上に置くこともできるという。結局ガスは1階の外に置き、そこから2部屋のガスを引き、スロープはもとのプラン通りつけることにした。
2009/7/8 (水)
家建築276日目 スタッフの意思確認

 朝7時頃起きる。8時から電気や水道のスタッフと話をすることになっている。8時少し前壁の職人が来た。8時を過ぎてもまずテクダルが来ない。わざと壁の職人の前で「早く来てください!」と怒って電話する。
 テクダルはそれからまもなく来たが、水道の人も電気の人も来ない。テクダルがすぐに電話して水道の人、続いて電気の人が来た。何事もなかったかのように、仕事のやりかたなどを話しているので、私がネパール語で聞いて確認した。「私たちは早く仕事をやってくれる人が必要です。他の仕事で忙しいのなら、私たちの仕事をやるのは難しいでしょう」。水道の人をさして「彼は来る、来ると言いながら来ない。それでは困ります」。電気の人はこれまでまだ仕事が進んでいなかったので、状況を把握していないようだった。この人を責めるわけにもいかない。「仕事をするか、しないか?」と確認すると「土曜日からならできる」と言うので、やってもらうことにした。問題は水道だ。前回「明日来て仕事を終わらせる」と言ってから連絡もないまま、4,5日が過ぎている。しかもまた、あのわがままな甥っ子が来たらどうしたものか。「仕事をするか、しないか、どうだ?」と敬語を使わずに聞いた。でもつい「タパイン(あなた・敬語)」で呼んでしまい、「あぁ、ティミ(君・年下に対して使う)」と言い直した。この水道の人も結局「やる。明日来る」と言うので、とりあえず明日の様子をみることにした。
 テクダルはみんなを前に「ネパールタイムではダメなんだよ。タイムテーブルが必要だ」とか言っている。なに今ごろ言ってるんだろう、今まで考えてなかったのか、、、と思う。
 
 壁や木の職人が帰り、スリジャナチョークに浴室のタイルを買いに行く。クリシュナは無地の白が良い、と言う。それも悪くない。値段も一番安い(15枚で325ルピー)。いろいろ見てみると、木目調などのおしゃれなのもあったが、それは10枚で850ルピーとかで、日本円にして1000円以上高い。これを必要という98箱分そろえたら、大変な金額の差になる。店の人はどうしてか、この一番安いのを勧めた。ただ白無地のみではつまらないので、ワンポイントの模様(ボーダーという)を別に買うことにした。これは1個32ルピーだった。それからクリシュナが値段の交渉をし、明日の朝買うことに決めた。
2009/7/7 (火)
家建築275日目 木のみ またテクダルを怒る

 朝からまた雨。働く人が来ないが、テクダルに電話すると「きっと昨日と同じように雨が止んでから来るのだろうから、機械を出しておいてくれればいい」と言う。マヘンドラプルに用事があったので、木の職人に機械を預けて12時ころでかけた。

GC電気に換気扇を買いに行く。インド製の羽の大きなもので2600ルピーだった。

 バスに乗って現場に戻る。ちょうどテクダルが来ていたが、働く人は木の職人以外誰も来ていなかった。クリシュナの親戚らしいおじさんが来て呑気に話しているので、「そんなことはいいから、テクダルに話をしよう」と怒鳴る。テクダルに「何で誰も来てないの!?」と怒る。壁の職人には昨日テクダルは5000ルピー渡していた。「お金を渡した次の日に来ないなんて!!」とテクダルも困っている。その場で水道や電気の職人にも電話してもらい、「明日朝8時にここに来て」ということになった。クリシュナと話し「その場でやる気があるのかないのか、確認して、他の仕事が忙しいからやれない、と言うのなら辞めてもらおう」ということにした。私が話すことにした。これまであまり怒ってこなかったが、仕方ない。テクダルによれば、私が怒るとみんなが怖がるから怒った方がいい、とのことだった。
 窓おやじ(窓の店の社長のことをこう呼んでいる。以前不良品を持ってきたので怒ったが、ぬけぬけと仕事を続けている)に電話してドアのデザインを見に行きたい、と言う。どうせデザインなんて種類がないのだが、ダムサイドのおじさんが「見に行ったほうがいい」と言うので行くことにした。窓おやじは「あなたたちだけでなく、おじさんとかわかっている人と一緒に来たほうがいい」と言う。私たちが行くと、注文がうるさいので、話の通りやすいおじさんたちを連れてきてと言っているのだろうか?
2009/7/6(月)
家建築274日目 壁 木

 朝激しい雨。壁の職人が来ない。テクダルに電話すると「雨で遅れたが12時から働く」と言う。その通りに彼らは12時に来た。木の人は9時から来ている。彼らが来るのを待って出掛ける。
まずテルサパッティへ依頼している正面玄関のドアの進み具合を見がてら、3階につけようかと考えている飾り窓も見に行く。彫刻ドアの職人は何度かお金を前払いしているので、仕事をしないまま逃げていないか、と半ば心配してきてみたが、一応人が働いていた。助手みたいな若者が3人くらいで木に彫刻していた。詳しく聞かなかったが、この品物は日本に送るものだと言っていた。職人はその店の向かいの場所で私たちのドアの作業をしていた。前回会ったとき「後3週間でできる」と言っていたが、見るとまだバックの花模様くらいしか進んでいない。「手を切ったからだ」とか言い訳していた。まぁ、出来上がっていることは期待していなかったし、他の仕事も遅れているので、そこはつっこまず、飾り窓はいくらか聞いてみた。1つは7000ルピー、もう1つは9000ルピー。他の店でも聞いてみたが1万〜3万いくらで、やはりこの職人が一番安かった。
 
 スリジャナチョークで、ドアの取っ手(コブジャ)を見る。ブッダの絵などがついている金メッキの真鍮は800ルピーくらい、シンプルな鉄は130ルピー、ステンレスは400いくらだった。これにちょうつがいなどは別売り。けっこう高い。
 向かいにあったトイレ・バスの店でタイル、トイレなどを見る。sinpoとかいうブランドでhindwearよりかなり安かった。洗面台2200ルピー、ちょっとおしゃれなデザインは4000〜5000ルピー、タイルは木目調46ルピー、ピンクの石のようなもの50ルピー、白いつるつるした安いものが35ルピーだった。
 16時少し過ぎに現場に戻る。3階の壁は3つの窓の枠が設置されて、その周りの作業が進んでいた。その後テクダルが来て、いろいろ話をしながら19時まで作業が続いた。
2009/7/5 (日)
家建築273日目 壁 木

 朝8時頃壁の職人がやって来た。2人ともモンゴル系の顔立ちで、1人は長髪で今風?、もう2人はTOKIOのリーダーみたいな顔をしている。もう1人彼らより年長でインド・アーリア系の顔をした男性が助手的な仕事をしている。昨日砂をガンガン運んであるので、今日はそれを使って壁を進めていく。クリシュナが朝セメントをオーダーすると珍しくすぐに来た。正面側のレンガやアルミの窓の周りの壁をやった。
 木の人はまじめに黙々とかんなをかけている。
 水道は今日も来ない。
2009/7/5 (Sun)
家建築272日目 木 壁

朝8時頃働く人たちがやって来た。女性3人、男性2人の物を運ぶ人たちで職人は来ていない。テクダルに電話すると「今日は土曜日でセメントが買えないので、砂などの物を一気に3階まで運んでおき、明日、壁の作業をする」とのことだった。職人たちの指示によるらしい。そういうことなら理解できる。
 木の職人もいつもどおり9時に来た。
 水道は来ると言ったのにまた来なかった。午後になって電話すると「他の仕事があるので明日行く」と言う。まったくこの人たちがストレスのもとだ。
 
 夕飯の買い物に行った。インド人のやっている小さな店でトマトを買った。品物を持って、クリシュナがついお金を払うのを忘れて店を出ようとすると、赤ん坊を抱えていた女性がものすごい形相でクリシュナを睨み「カネッ!」と言った。赤ん坊を抱えたまま、ずっと睨み続けていた。最近ちょっとインド人不信だ。
2009/7/3 (金)
家建築271日目 窓の鉄格子

 朝8時壁の職人さんがやって来た。今日は昨日までいた女性2人ではなく、1人の男性が物を運んだりセメントを混ぜる仕事をしていた。アルミの窓の位置を相談しながら仕事を進めた。午前中は2人の職人がいたが、午後は長髪のグルン民族らしい男性が1人で正面側のレンガを積むまでやった。5時に仕事が終わった。
 木の職人さんは9時頃来た。昨日水道の職人の甥っ子たちと木に火をつけて遊んでいたことを、彼の雇い主に電話で話したことをクリシュナが言うと、「社長にそんな話をしてしまったんですか?」とビビッていたと言う。
 クリシュナは窓の鉄格子の店に品物を取りに行った。鉄は1キロ85ルピーで買っているので、重さがちゃんと合っているかを確認してから納品する。1時間もしないうちに物が運ばれてきた。何度も何度も催促してやっと出来上がったものだ。でも、届いてみると物は良くできていた。社長と他に3人くらいのスタッフが来て、その場で木の窓枠に釘で打ち込んで鉄格子をはめていった。クリシュナはデザインをオーダーする際、「シンプルで、こんな感じ」とそう細かく考えずに指示を出したらしい。出来上がりを見ると、なんか「中華風(写真)」な気もする。でも、私は結構気に入った。西洋風とかゴテゴテしたインドのタージマハル風をネパールの人は良いと思うみたいだが、アジアンテイストのほうがしっくり来る気がする。
 水道の職人のリーダーは昨日「7時半に来る」と言ったのに9時に来た。「遅いよ」とちょっと言った。昨日文句を言ったためか、今日はこのリーダー1人が来て、あの甥っ子や少年は来なかった。リーダー自ら穴を掘り、パイプを取り付けて、午前中くらいでその作業を終えて帰っていった。
2009/7/2 (木)
家建築270日目 水道の人を怒る

 朝8時3階の壁の職人、女性2人がやって来た。木の人も9時頃から来てかんなをかけている。
 水道の職人が昨日のパイプを短く切ってしまったところを直すべく、現場に来ることになっていたが、何時になるかわからないので出掛けた。その間に、水道のリーダーから電話がかかってきた。「今現場に来た」と言うので、街までタイルを見に行くのはやめて戻った。ところが戻ると、もうリーダーは帰ってしまっていて、あの若い男性ともう1人の男の子2人だけだった。昨日のミスのこともあるので、まずリーダーと話をしてから仕事に取り掛かるようにしようと思っていた。リーダーに電話すると、例のごとく「すぐに行く」と返事するが、2回くらい電話して、だいぶ待ったころようやく来た。来ても、うちの前で知り合いのインド人となにやら話していて、私たちがいるのをわかっていて待たせる。怒ると、タクシーで駆けつけてきたテクダルとは全然違う。
「昨日パイプの長さが1インチ短い失敗があった。あなたたちは、メジャーでちゃんと測らずにパイプを切ってしまうのか?」「計算を間違えていた」「あなたの甥っ子はソケットでつなげば、問題ないと簡単に言ったが、そのソケットだって安いものではない。気をつけてください」。それから「時間に来る、と言いながら来ない、困る」「来る前に携帯で連絡を入れるから問題ない」「違う。今だってあなたがいる、というから街までタイルを買いに行くのをキャンセルして帰ってきた。それなのに、こうしてあなたは遅れて来る」。この辺から、多少リーダーもこちらが怒っていることに気が着きはじめた。一応「そおですね」と言っていた。それからリーダーと甥っ子、若い男の子3人で仕事が始まった。
 
大きな問題はその後起こった。5時頃、見に行くと、木の職人がかんなをかけている部屋で、木の職人、水道の甥っ子、男の子の3人が座って、木の破片に火をつけている。木はちょっと焦げてうっすらと煙りが出ていた。「何している?」クリシュナが聞くが、3人は無視している。甥っ子はチラッとこっちを見て、口ひげを生やした口元にへらへらと笑いを浮かべながら、またマッチをすった。仕事とは関係なさそうだ。「何している?」3人はまた無視した。持っていた新聞を叩きつけて見せたが、若い男の子までがあいかわらず薄ら笑いを浮かべて、火をつけるのを見ている。そこにリーダーが入ってきたので、「彼らは何をしている?」と言うと、リーダーは「なんだって?」と怒った。それから2人はあわてて仕事に戻り、木の職人はそそくさと帰って行った。
 火をつけていたのはプラスチック製のパイプを熱で変形させるためだったようだが、木に火をつけたのは仕事とは関係ない。こういうことはしたくないが、この後はにらみつけるようにして働く様子を見た。この後、クリシュナがこの甥っ子のこれまでの問題を全部リーダーに話した。ちゃんと働かない、先ほどのような悪いことをする、こちらの私用の台所や部屋の中まで入ってくる(ヒンドゥー教の習慣では人の家の台所に入ることは好まれない)。「中に入った?」と、リーダーは驚いて聞き返した。「いや、それどころか食事中に台所に入ってきて携帯のチャージをしてくれと言った」、と話すと、さすがにあきれたように息を吐いて天を見上げた。今回の仕事は明日明後日で一段落する。次回のときまでに他のスタッフを見つけてくれ、と言った。
 
2009/7/1(水)
家建築269日目 3階の仕事再開 木 水道

 朝7時ネパール人の働く女性2人が来た。これまで3日間ここに来たものの、職人が来ないので仕方なく帰って行った彼女たちだ。この2人の女性は時間をちゃんと守ってやって来る。ネパール語の読み書きを習っているので、その時間に合わせて仕事の時間も守っているのだ。8時を過ぎた。今日も雨が降っている。職人が来ない。昨日テクダルははっきり「明日8時からずっと仕事を続けてやる」と言った。即刻電話した「働く人が来てないよ! もう8時だよ!」と怒鳴った。「職人を迎えに行って連れて行く」との返事だった。9時頃になってタクシーに乗ってテクダルがやって来た。怒ったせいか、私とは目を合わせない。でも私やクリシュナが何か言う前に、まずネパール人のお姉さんが「ダイ!(お兄さん。テクダルのこと)、来るのが遅いよっ!」と大きな声で言う。雨で遅れたみたいなことを言うと、「雨なんか関係ないよ! 私たちは7時から来てるもの!」。2人の職人は20代くらいのモンゴル系の男性だった。これでやっと仕事が始まった! 怒るのは疲れる。
 木の職人は8時から来てかんなをかけていたが、手を切るけがをしたとかで、途中で他の職人に代わった。雨のためかちょこちょこと合間に停電があったが、きちんと時間内は働いてくれていた。
 水道の職人は11時頃来た。あの若い男性だ。リーダーはこの人に仕事を任せて帰ってしまった。5時頃3階で働いていたネパールの職人たちが帰って行った。この水道の若い人は屋上に上りそこから3階に鉄パイプを下ろした。「1人じゃできない」と横柄に言ってネパール人の女性にパイプを支えさせようとしたが、「もう時間が遅いから」と言って断られるとクリシュナにパイプを持たせた。それからクリシュナが近所に出掛けて行ってしまうと、今度は私にパイプを支えさせて「1インチ長さが足らない」と言い出した。このパイプは彼自身が長さを決めて切ったものだ。「大丈夫、ソケットでつなげるから」と言って「後は明日にする」と早々に帰ってしまった。リーダーに電話すると言うと「必要ない、必要ない」と言った。早く帰りたくて、今日の失敗を明日直すと言っているのだ。ソケットでつなげる、と言ったって、そのソケット1個にもけっこうお金がかかる。明日リーダーに話をすることにした。