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ブハリ日記(ブハリとは末の嫁)の意味

 

2010/4/30 (金)
営業開始117日目 宿泊のお客さん

 朝から掃除にかかる。バイが精力的に動いてくれる。掃除の嫌いなクリシュナだけが、のんびり起きてくる。
 14時少し前、クリシュナがバスパークにお客さんを迎えに行く。そして間もなくお客さんが来る。JICA の仲間の方の紹介だった。カトマンズからお友達の日本人の方といらした。明日ジョムソンに行き、1週間トレッキングして来る予定と言う。着いてまずコーラ、ファンタ、続いてうちの畑のほうれんそう、茄子の煮びたし、春雨、冷やしトマト、アルコアチャールを頼まれる。「ほうれんそうは、どこで食べても口に芯が残って硬い」と言っておられたが、うちの畑のを出すと「柔らかくておいしいー」と言ってくださった。そうなのだ。前回も好評だったほうれんそう。2回目の畑ができた。こんなにかんたんに何度もできて、しかもお客さんに喜んでもらえる。これからも作ろうー! 出したものは全部きれいに食べていただいた。よかった。
 続いて晩御飯も頼まれた。モモ、ベジタブルカレー、フライドポテト、肉じゃが、おにぎり、味噌汁。味噌はネパールで買った物を初めて使った。だしとか風味を出すのが難しかった。フライドポテトは、クリシュナが日本のレストランで働いていた経験を活かして作った。ガイドさんにはダルバートを出す。好評でおかわりを出した。けっこう量があったと思うが、ほぼ全部食べていただいた。登山をするような方は、しっかり食べるんだなぁ。
 明日は5時に出発とのことで、4時45分に朝食を頼まれる。3時半に起きることにした。
 今回のガイドさんの食事・宿代はガイドさん持ちとのことだった。ネパール人のガイドさんから全額もらうわけには行かず、ご飯は無料、宿代は半額にした。この辺はケースバイケース。
 やっぱりネパールに詳しい人は、しっかりしたガイドさんを選ぶもんだな、と思った。クリシュナはガイドさんと、ビールを飲んでいたが、私が食事を始めると気を利かして部屋に下がる。その辺をわきまえている。
 朝、1ヶ月泊まりたい、という日本人の人が来た。部屋を見てまんざらでもない雰囲気だったが、うちが1ヶ月以内に日本に行く予定があり、その間は閉めることを言うと「そおですか、それでは無理かも」と断られた。あーあ。。。。
2010/4/29 (木)
営業開始116日目

 野菜をいつもの八百屋さんでオーダーする。朝、道に売りに来た野菜売りに聞いたら「カリフラワー80ルピー、なす70ルピー」などキロ50ルピー以下の物がなく高かった。で、いつもの八百屋さんにする。ちょっと安かったが、いろいろまとめて頼んだら計475ルピー。野菜が高騰している時期とは言え、ポカラは野菜が高い。
 隣りの空き地によく来る牛に庭や畑の雑草をあげてみる。雌の子牛でかわいい(写真)。この前の枝豆の葉はよく食べたけど、今日あげた雑草はあんまり食べなかった。そういうもんなんだ。
 夕方部屋の予約が入っているお客さんから電話。予定より早く明日来ることになった、とのこと。明後日、ネパール全土で「バンダ(ゼネスト)」が予定されている。交通機関が止まるかもしれない。その影響だろう。明日は午前中から部屋の掃除にかかる。
2010/4/28 (水)
営業開始115日目 夕飯のお客さん

 朝ごはんを済ませ、プロパンガスをオーダーする。1250ルピー、夕方届いた。
 電気の請求書が来た。1か月分737ルピー。バイに電気の役所に払いに行ってもらうことにする。バイは「奥さんが(私が)まだお客さんは来ないと言った。それなら今日、役所に行くついでに家に寄って、壊れた携帯も直してきたい、給料も今日もらっていっていいですか?」と言う。確かに効率的だけど、そんな、彼の都合にばかり合わせるのもどうか? 給料を期日前に払うのはちょっと・・・ということで断った。
 夕方、友人がダルバートを食べに来てくれた。今、フェアトレードの事業を進めていると言う。プロ野球、ワールドカップ、おいしいレストラン、ビザの話などなどした。観光で来る日本の人に、うちの宿の宣伝もしてもらったそうで、ほんとありがたいなぁ、と思う。私のブログを読んでくれていて、先日「2週間泊まるから、ベッドにココナッツマットを買って欲しい。私たちが1500ルピーだすから、あと2500ルピーをそちらで払うってどう?」と言ったお客さんの話になった(4月9日日記)。そもそも「ココナッツマットって何?」「いろんな人がいますよね」。昨日今日と、立場をわかってもらえる人と話をするとホッとする。。。
2010/4/27 (火)
営業開始114日目 夕飯のお客さん

 ATM、今日は作動していた。
 近頃野菜が高い。野菜のあまり出回らない時期で、きゅうり1キロ50ルピー、にがうり同60ルピー、なす同60ルピー・・・。日本に比べればもちろん安いけど、20、30ルピーで買える時期があることを思うと高い。銀行の残高を見比べながら、15ルピーのきゃべつを買う。
 夕方、JICAで知り合いの方が夕食に来てくれた。春雨の酢の物とダルバートを出した。いま日本で「仕分け作業」が進んでいるなか、JICAの予算削減も対象になっている。必要なお金はあるはずだが、でも、日本の経済状況も厳しいし・・・ね、と話す。やがて雷雨になった。「雨も良いものですねぇ」。仕事の話も聞く。よく、理解できる。私とクリシュナも途中から同席させてもらい、一緒に飲ませてもらった。
 スタッフのバイのママ(おじさん)が来た。私たちがシーズンオフに日本に行く予定があり、その間の彼の仕事をどうするか、ということらしい。私たちはババ(クリシュナの父)に来てもらい、掃除などはバイに頼むことも考えているが、ママの方はその間の給料について心配しているらしい。その間の給料はちゃんと払う、と言ったはずだが、それがうまく伝わっていないのか、「休みの間のヘルプ(お金)が欲しい」と妙なことを言う。確かによく働いてくれる、良い人で、ババがしないだろう掃除もきちんとやってくれるだろう。
 一番大事なのは、バイ自身がこの仕事を気に入っているか、将来も観光業を目指しているか、だと思うのだけど。掃除とか調理とか上手だけど、外国人に自分から話しかける接客業タイプではないみたい。一方ババは私たちより厳しくするだろうから、バイが嫌になって辞めてしまう可能性もある。そうだとしたら、そんなに積極的に引き止めるのもお互いどうなんだろう? どうしよう?
2010/4/26 (月)
営業開始113日目 買い物

 チプレドゥンガに買い物に行く。衣類の漂白剤と春雨。レイクサイドでは手に入りにくい。漂白剤は「ビナヤック」というスーパーでインド製55ルピー、春雨は「セールウェイズ」というスーパーでタイ製35ルピーだった。
 春雨は夜、わかめときゅうりの酢の物にして食べた。春雨自体にしっかりこしがあって、美味しい!ハマリそうだ。
 銀行に行くがATMが止まっていた。
2010/4/25(日)
営業開始112日目

 クリシュナも風邪をひいてゴロゴロしている。
 絵本の翻訳を少しやる。
携帯が壊れたかも。電源がまったく入らなくなった。でも中国製の一番安いのだったけど、一昨年の9月からずっと問題なく使えてきた。直す方法があるのかなぁ、でも、ついでだからもっと良いのに買い替えようかな、とも考えてしまう。
2010/4/24 (土)
営業開始111日目

 今日のバンダは解除された。
 土曜日で、バンダの可能性もあったので、街まで買い物に行こうと思ったがやめておいた。JICAの幼児教育の方から預かった絵本の翻訳をぼちぼち始めた。
2010/4/23(金)
営業開始110日目

 今日はネパールバンダ(ゼネスト)。交通機関など休みになっている。マオイストが法律設定のことで起こしたバンダだ。
 クリシュナはまた近所のホテルの社長連のピクニックに行ってしまう。夕方、向かいの「ロンリーGH」の奥さんや娘さんが心配して「あなたのところのクリシュナはまだ帰って来ていない?」と聞きに来た。クリシュナに電話でもうすぐ戻ることを確認し、それを伝えに行った。
2010/4/22 (木)
営業開始109日目 本の制作

 ポカラはカトマンズと違って停電が少なくなっている。
 私たちは少し朝寝坊するが、バイは6時から起きて、せっせと掃除や布団干しなどをやってくれる。話さなくてもカトマンズへ行く前の状態に戻してくれているので、助かった。
 カトマンズの出版社でできなかった原稿のレイアウト作業を頼むために、いつもの印刷会社「シバサンカールプレス」に行く。でも、忙しそうで「あと10日後じゃないと手がつけられない。とても4,5日で終わる仕事じゃないよ」と言われる。
 仕方なし、もう1軒、本のチラシを作った印刷会社にも行ってみる。こちらは「本の出版ならうちでもやってるよ。うちでやればいいのに。1週間でできる」と言う。でも、彼の言う出版は本の印刷・製本作業のことらしくて、本を作るだけ。書店の流通経路を持っていて、本の編集・宣伝・販売をする出版社とは違う。いわゆる自費出版みたいなもの。強引に勧めるので、懸命に否定する。カトマンズの出版社に電話し、ページの製作単価について、直接話を聞いてもらう。でも、「以前作った英語・ネパール語だけの本で1ページ40ルピーだった。これは他に日本語もあるから、プラスどれくらいになるかは、最初の10ページをやってみないとわからない」と言う。考えていたより高いし、いくらになるかわからないのでは頼めない。
 ここはやめて、また「シバサンカール」に戻る。とりあえず、全部をすぐにとは言わないので、10日前後で出来る範囲であげてもらい、あがったところから校正するということにした。「それなら大丈夫」と言う。またカトマンズの出版社に電話しお金の話をしてもらう。「1ページ25ルピー」で決まった。やっぱり、この印刷屋さんは高くないし、仕事も信用できる。
 野菜や香辛料などを買って帰ろうとしていたら、雨が振り出したので、慌ててバスに乗る。バスに乗ったら、雨からひょうになった。バスの窓ガラスにバンバン当たる。うまい具合に、うちの近所に来たらやんでいた。
2010/4/21 (水)
営業開始108日目 カトマンズから戻る

 朝5時半に起きる。薬が効いたらしく、下痢は止まった。帰りのバスは行きと同じ「ホリデイアドベンチャーバス」にする。バスは最初のうち、事故車があって多少止まったが、そう大きな問題はなかった。
 3時前には家に戻ってきた。やっぱりうちはいいなあーー。入ってくる風が心地よくて、扇風機やエアコンなんていらない。水もきれいでおいしい。何も食べてなかったので、畑にできた「そばの葉」?(写真)の菜っ葉を取って、タルカリを作って食べた。いくらでも食べられる。木の香りのする部屋もひんやり、気持ち良い。お風呂もあつあつのお湯で湯船につかった。空ゲストハウス、ちょっと良いんじゃない? と自画自賛する。
2010/4/20 (火)
営業開始107日目 カトマンズ 出版 インドビザ申請 図書館

具合が悪いので10時ころまで寝る。出版の人からはまだ連絡が来ない。申し訳ないが、作業者に勝手に原稿を使われてないか気になって、直接の電話番号を教えてもらう。でもやっぱり電話に出ない。結局、出版の人と相談し、原稿をレイアウトに流し込む作業まで、ポカラで私が印刷会社に頼んでやることにした。その費用は払ってくれる。ページ、見開き40か50ルピーくらいだろう、とのことだった。そして、作業者に渡してある原稿は引き取っておいてくれると言う。出版のデペンドラさんは「最初からこうすればよかった。私自身がコンピュータに詳しくないから。迷惑かけた」と言っていた。
 インド大使館へ行く。5月23日の飛行機でデリーを発つことを言うと、「じゃあこうしてください。今日1ヶ月のツーリストビザを申請してください。ビザは1週間後の27日に出ますから、それから1ヶ月有効になります」。その通りにした。なぜか日本人はいま1ヶ月有効300ルピーだった。安い。数千ルピーかかると思っていたから助かった。でも、またこのビザを取りに来るためにカトマンズに来ることになった。
 そばにある大阪の援助で作ったという子ども図書館へ行く。1万1千冊くらい蔵書があるそうだ。学生の利用者が多いようだった。
 午後は、国連の近くの国立図書館へ行く。古びた洋館だが、逆にそこに味があり、広い中庭もあった。サンスクリット語の貴重そうな書物もたくさんあった。古い新聞、雑誌、書籍もあらゆる分野があり、読めるものなら全部読んでみたいと思った。開いた窓の外には緑の木が揺れ、平和で静かな空間だ。良いなぁ、図書館て。でも、ポカラにはない。多分、ほかの地域にもないだろう。図書館は必要。
 夜はピザやパンなどを買って済ました。宿の同じビルのスーパーで500ルピー以上買い物したので、やはり同じビルのインターネット屋で1時間ネット無料のはずだったが、停電していてできなかった。お腹が痛い。熱も出てきた。めったに飲まないが、下痢止めの薬を買って飲んだ。明日はバスでポカラに帰る。
2010/4/19 (月)
営業開始106日目 カトマンズ 出版 再入国手続き 日本大使館へ本寄贈

 朝9時ころ出版の人に会いに行くが、作業をしている人が日本語のフォントが出せずに困っていると言う。でも、そのフォントのソフトをちゃんと渡しているはずなのに。その人に連絡を取ることにするが電話に出ない。出版の人がなんとか連絡を取ることになった。
 「ムスタン タカリチュロ」でダルバートを食べる。昨日の辛いタルカリがあたったらしくて、お腹を壊した。でも、どうしてもここのダルバートを食べたかった。しばらくぶりにご主人のミランさんにも会って楽しく会話した。明るいキャラクターのご主人だ。
 ネパールのイミグレーションに行き、再入国の手続きをする。いつも通り、あっちの部屋、こっちの部屋へと廻されるが、今回はワイロの請求もなしに済んだ。シングルエントリー20ドル。そういえば、前いた「かね、かね」としつこかった女を初め、そこにいたメンツがいなくなっていた。
 バスに乗ってラジンパットへ。インド大使館でビザのことを聞こうとするが、もう受付時間が終わっていた。歩いて日本大使館へ。本を1冊寄贈してきた。在住者登録というのも、その場で勧められしてきた。
 お腹が痛くなってきた。案の定、いつもの下痢だ。
2010/4/18 (日)
営業開始105日目 カトマンズ 味噌を買う

 朝5時半に起き、戸締りをして家を出る。バスはけっこう早くて、3時にはカトマンズに着いた。途中のドライブインで食べたダルバートがやたらと辛くて嫌な感じがした。あていた「OM TARA GUEST HOUSE」が部屋が空いていなかったため、ほかにに行く。1部屋500ルピー。お湯も出なくて、停電中は電気もなくてこの値段。この間、うちに500ルピーで泊めてくれ、という外国人が来たが、泊めなくてよかった。確かにカトマンズの方がポカラより部屋は高めなんだけど。
 バスに乗って、パタンゲート近くの「フジベーカリー」に行く。ここで味噌、クロワッサン、アップルパイを買った。
 なんとこの店で、ついこの間、うちに来てくれたご夫婦のだんなさんに会う。親切な方で、国連の場所などいろいろな情報を教えてもらって助かった。
 このパン屋さんの2階が洋食レストランで、ここでマネージメントの仕事をしている日本人の方にも会った。彼女はネパールの素材で服を作っているという。私は日本でアパレル雑誌の編集が一番長かったこと、ネパールのファッションも紹介したいが、ちょっといわゆるファッションとは違うかな、と思っているなどを話した。今度、ファッションショーを一緒に見に行きたいと話した。
 これまでつてで連絡をくれていた旅行会社の方に挨拶に行く。でも、うちはもとの部屋代が安いため、間に入って仲介の仕事は頼めない。現実的に一緒に仕事をする機会というのはあまり無いかなぁ、といった感じだった。
 夜は雷雨があったので、宿の前の店で鶏肉、タルカリなどをテイクアウトする。でも辛くてちょっと嫌な感じだなーという気もした。
2010/4/16 (金)
営業開始103日目 カトマンズ行きの準備

 朝私は風邪で調子が悪いので、はちみつ・レモン・しょうが湯を作って飲んでしばらく寝ている。でも、昨日の喉の痛さはなくなった。
 日曜日にカトマンズに行くことにした。ビザ、日本大使館への本の寄贈、日本料理の食材、出版社からゲラの受け取りなど、いろいろ用事がある。まず出版社に電話する。まだ完全にはゲラができていないが、少しは進んでいるようだ。とにかく一度行って直接話してみたほうが良い。バスチケットを「ホリデイ」に予約する。300ルピー。今度日本に帰る予定もある。再入国のための手続きについても調べないといけない。日本人の知人に電話して聞く。シングルエントリー(25ドル?)の手続きをすれば大丈夫、と教えてもらった。助かった。看板に4月18,19,20日はメンテナンスのためCLOSEと出した。ホームページにも告知した。
 夕立があった。
2010/4/15 (木)
営業開始102日目 朝食を出す

 朝5時前に起きてお客さんの朝ごはんを準備する。そして7時に出発。「また来年の10月ころ来ます」と言ってもらった。ご飯をごちそうになるなど、こちらも楽しく過ごさせてもらった。私のパソコンに入っていたネパールの歌と音楽をダビングして、お土産に渡した。
 向かいの「ロンリーゲストハウス」に泊まっていて、クリシュナが何どか話をしていたお客さんも今日カトマンズへ発った。「これは読みでがあるから」と言って、私にトルストイの「戦争と平和」の本をくれた。
 ネパール新年のイベントを見に行った。舞台ではドホリギート(歌の掛け合い)をやっていた。強い日差しの中、日よけの天幕のもとで観客が歌を聴いていた。移動遊園地もあった。バイキング、コーヒーカップ、観覧車は動きが早くて、振り回されて落っこちゃうんじゃないかという勢い。メリーゴーランドとは言わないけど、それみたいな乗り物は子どもが乗って、係員が手で押して廻していた。手品ショーみたいなのをやっている見世物小屋や、小さなジェットコースターみたいなのもあった。どのマシンも、描かれた絵、形がレトロチックで、古い映画を見てるみたい。
 朝晩が冷えたせいか、また風邪を引いた。これまでは宿のオープンにいっぱいいっぱいだったけど、少し自分の生活も見直して、運動や趣味に使う時間を作ろう。自分の部屋ももう少し快適な空間になるよう、家具などをそろえよう。まず自分が楽しまないと。
 うちの畑に色の変わるトカゲが住んでいる(写真)。頭がピンクでそこから下はくすんだ緑色。おどしてもまったく逃げない。すっかり居座っている。
2010/4/14 (水)
営業開始101日目 宿泊のお客さん

 今日はネパールの元旦。と言っても、特にネパールでは新年を祝わないんだけど。久しぶりにヒマラヤが顔を見せた。今日はクリシュナの母親の法事。川に行ってお祈りなどして、午後に戻ってきた。
 ご夫婦は10時くらいに山から戻って来た。楽しかったみたいだが、5時間くらい行ったトレッキングはちょっと疲れたみたいだった。夕飯はまた誘ってもらって、なじみの中華料理「蘭花飯店」へ。クリシュナのことをずいぶんほめてくれて、「トレッキングに行ってる間も、はやくクリちゃんに会いたいって言ってたんですよ」。日本人の感覚がクリシュナはよくわかっている、と言うのだった。またうちの宿のことも「自分のうちに帰ってきたみたい」と言ってもらった。ただ、宣伝の仕方をどうするか、「中に入ってしまうといいけど、最初入るのに、どうだろう?とちょっと迷う」、とのことだった。日本人経営者だから気に入らなくても断りにくいと言っていた。そおだねぇ。
 ご夫婦とは、お客様というより、古くからの知り合いみたいに思った。この仕事は出会いの不思議を感じる。取材でもいろいろな方に会ったが、それよりも内容が濃い気がする。
 バイが夕方突然帰る仕度をしようとし明日無料の検診があり、それに行くと言う。クリシュナには言ってあったというが、私は聞いていないし、クリシュナも承諾した覚えはないと言う。ついこの間、泊まりで帰る休暇は取らない話になったのに、こんなことでいちいち休まれては困る。ちょっときつく怒った。
2010/4/13(火)
営業開始100日目

 明日はクリシュナのお母さんの命日。その法事のためクリシュナは実家に帰って行く。お線香や果物などを買い、食事は今日は夜1回のみ。そして男の人は頭をまるめる。クリシュナはこれまで日本に住んでいたので、初めての法事。床屋で頭をまるめてきた(写真)。お坊さんみたーい!! もともとお坊さんになるカースト(バウン)なのでけっこう似合っている。昼前に出かけて行った。
 最近シーズンの谷間で野菜が少なく高い。物もいまいち良くない。
 今日はネパールの大晦日。広場では催し物が行われていた。夜は花火が! 気候はすっかり夏。夏の夜空に、「ヒューー パンッ!」と花火があがり、うちのバルコニーから望めた。ちょっと蒸し暑い空気と虫の声が、日本の夏みたいだねぇ。食事の仕度をしつつ、音が鳴るとソワソワする。近隣の人もバルコニー出てきて眺め、子どもたちは「ハッピーニューイヤー!」とキャーキャー言って喜んでいた。
2010/4/13(火)
営業開始100日目

 明日はクリシュナのお母さんの命日。その法事のためクリシュナは実家に帰って行く。お線香や果物などを買い、食事は今日は夜1回のみ。そして男の人は頭をまるめる。クリシュナはこれまで日本に住んでいたので、初めての法事。床屋で頭をまるめてきた(写真)。お坊さんみたーい!! もともとお坊さんになるカースト(バウン)なのでけっこう似合っている。昼前に出かけて行った。
 最近シーズンの谷間で野菜が少なく高い。物もいまいち良くない。
 今日はネパールの大晦日。広場では催し物が行われていた。夜は花火が! 気候はすっかり夏。夏の夜空に、「ヒューー パンッ!」と花火があがり、うちのバルコニーから望めた。ちょっと蒸し暑い空気と虫の声が、日本の夏みたいだねぇ。食事の仕度をしつつ、音が鳴るとソワソワする。近隣の人もバルコニー出てきて眺め、子どもたちは「ハッピーニューイヤー!」とキャーキャー言って喜んでいた。
2010/4/12 (月)
営業開始99日目 朝食づくり

 お客さんの朝ごはんを作る。味噌が終わってしまったので、と言うと、うちで作る「蒸しパンでいいですよ」ということになった。バンダは中止になり、お客さんはアスタムの「はなのいえ」に行くことになった。驚いたことにその迎えに来た人というのが、クリシュナの友人のジャビさんのお兄さんドゥルガさんだった。このお兄さんが、はなのいえの仕事をしているとは知らなかった。9時に出発して行った。
 その後は空いた部屋の掃除、洗濯、アイロンかけ。
 最近ちょっと困っているのが、バイがすぐにテレビを見たがること。客室で見ていたときはびっくりした。私がパソコンをやっているすぐ横でもテレビを見ている。バイは野菜の好き嫌いも多くて、じゃがいもとほうれんそう、カリフラワー以外は食べたがらない。それにこっちが合わせるようになってしまっている。よく働いてくれる方だとは思うんだけど。この間の休みの一件から、ちょっと見直さなくては、と思うようになった。クリシュナも少しストレスになっているみたいだ。こっちも甘えすぎなところもあるのかなー。
 4月14日はネパールの新年。それで「ネパール新年フェスティバル」が4月11日から15日までレイクサイドで開催される。うちもホテル協会に加盟しているので、2人分の招待状が来た。夕方広場で移動遊園地ができ、音楽が聞こえた。今日は外からチラッと見て帰って来た。
2010/4/11 (日)
営業開始98日目 宿泊のお客さんと飲む

 一昨日いらっしゃった日本人のご夫婦は10時ころ戻っていらした。今日はポカラ周辺を周る予定のようだった。クリシュナがガイドを頼まれた。日本語の上手なタクシードライバーの知人に連絡を取る。ブルジュンコラの温泉まで行って1日周ってもらうと2000から2500ルピーくらいとのことだった。温泉はビンドゥバシニから1時間くらい車で悪路を行ったところにある。そこに行くかどうかは、行ってみて考えるということになった。11時半ごろクリシュナとご夫妻で出かけて行った。
クリシュナとお客さんたちは16時ころ帰ってきた。「楽しかったです」。ビンドゥバシニ、マテパニのチベットのお寺、滝、鍾乳洞、そして野菜市場を周ってきたらしかった。クリシュナはガイド料として500ルピーをいただく。
 それからお客さんとお茶をしながらしばらく話をした。奥さんは日本でネパール人にネパール語を習っているそうだ。そのまま夕飯も誘っていただき、私たちお勧めの「チベタンキッチン」に行く。奥さんが「ポカラはヒマラヤをあんまり強調し過ぎない方が、みな来やすいのでは? ヒマラヤっていうと、秘境のイメージで大変なところに行くみたいに思われる」。だんなさんは「ネパールはみな民族衣装を着ているからかっこいい」と言っていた。私たちもネパールのいろいろなことを話した。興味深く聞いてもらった。ご飯をごちそうになってしまった。
 うちに来てくれるお客さんは良い人が多いな。日本では、みなギスギスして、じゃっかん日本人不信みたいなこともあったけど。ネパールの大雑把さ(良いところでもあるけど)に日々晒されてるせいか、お客さんの心の細かさが身に沁みる。。。。
2010/4/10 (土)
営業開始97日目 食事のお客さん バイの休み問題

 宿泊のお客さん、イレーネさんの朝ごはんを作る。突然、また近所で不幸があった。クリシュナが火葬に出かけていく。バイは休暇中。仕事をするのは私1人になった。バイの休みが問題になる。早めにごはんは準備できていたから良かったけど。
 イレーネさんは本当に今日が最後だった。「明日7時にここを出るから、そおね、今日がラストね・・・」。「あなたのウェブサイトは日本語だけ? どうやって他の人にインフォメーションしたらいいかしら?」「私はそこまで英語ができないし・・・」「また来年も来ますか?」「ええ、トライしたいわ」。良い人だった。野菜をたっぷり入れて湯気のあがった味噌汁やご飯のお盆を持っていくと、子どもみたいにニコッと笑った。好き嫌いというのがほとんど無い方で、ネパール料理も香味野菜もおかわりを催促された。こちらが値段を安くしているのを汲んでくれていた。爽やかで素敵なフランス人だった。また会えるでしょう。きっと。
 こういう出会いをくれたのも、この仕事のおかげ。日本でした編集・ライターの仕事も私にとっては財産だが、この仕事も悪くない。だって取材は自分からアポを取って行くものだけど、ここは向こうから素敵な方々が訪ねて来てくれるのだから。
 日本人のお客さんたちも朝ごはんを済ませ、当初から予約してあったホテルに移って行く。また戻ってくるということで、荷物を預かった。飛行機のリコンファームの連絡先が旅行会社だった。うちから電話をしても「やっておきます」の一言で終わる心配がある。バラヒチョークにその看板を見たので、お客さんに直接そこに行ってもらうことを勧めた。もしクリシュナやバイがいれば一緒に行ってもらうんだけど。
 スタッフのバイはこれまで金曜の16時に家に戻り、土曜日の16時に戻ってくるという休みを取っている。この休みについて、近所のホテルのオーナーから言われた。「それでは実質2日の休みを取ってることになってる。ホテルの仕事というのは基本的は休みがないもの。取るにしても、1日。その日の朝から晩までだよ。そんなことで、お客さんに良いサービスが出せるの?」。4000ルピーの給料はけっこう高いとも言う。確かにバイが昨日不在でとても困った。バイに調理も任せているので、その負い目もあるけど、うちのような小さなホテルでは忙しいこともあるけど、暇にしていることも多い。そんなに大変な仕事ではないと思う。そしてクリシュナ自身もホテルの仕事は休みを取らずに働いてきた。土曜日の16時に戻ってきても後は自分の晩御飯を作って寝るだけ。「許し続けると、それに甘えるようになる。結局はやめてもらうしかなくなって、彼自身のためにもならないんだよ」と近所のオーナーに言われた。
 バイが16時に来ると、クリシュナが気を遣いながら、これまでの休みの取り方をやめてもらいたい、ことを話した。バイはしばらく返事を考えて「緊急の場合は帰ってもいいですか?」とのことで仕方なし、承諾という感じだった。
2010/4/9 (金)
営業開始96日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん あきれた言い分

 ロシア人のお客さんがバスでカトマンズに帰る。7時にタクシーを予約してある。朝6時になって朝食を頼まれた。ツナサラダ、玉子焼き、急いでツナと卵を買いに行く。幸い6時半に間に合った。お客さんは無事出発。静かなお客さんたちだった。そしてにこにこ笑いながら「空港などで会った観光客にここを宣伝しておくよ」と言ってくれた。彼らは3日も泊まってくれたのに、トイレットペーパーもほとんど使わず、部屋もきれいだった。気が良くて朗らかで大人な方たちだった。
 イレーネさんの朝ごはんを作る。最後なのかと思って、彼女の好きなほうれんそうを入れた味噌汁にした。でも、「明日も来るわ」とのことで、まだ最後ではなかった。もう帰るので要らないから、と言って、洗濯桶を2つくれた。これはとても助かる。買うとけっこう高いのだ。ありがたい。
 それから――。今日チェックアウトしたロシア人のお客さんの部屋に、引き続き、その仲間らしいロシア人のカップルが2週間泊まりに来ることになっていた。「部屋が気に入ったの。2週間泊まるから1泊500ルピーでお願い!」と手を合わせた人たちだ。急いでバイに部屋を掃除してもらう。が、彼らは部屋を見に来て、「ベッドのマットレスが良くない」と言い始めた。彼の方は気の良さそうな人で、「でも、ここにしようよ」と言っているが、彼女が停電中で節電しているのを見て「電気もつかない。話と違う」とか「ココナッツマットじゃないと」などと言っている。彼ら2人でずいぶん相談していて、結局「1泊の料金をもっと払うから、マットレスを変えて」と言う。知っている家具屋さんに電話で問い合わせる。ココナッツマットというのは6000ルピー、それより少しグレードを下げたものは4000ルピーと言う。高い。
それを彼らに告げて、彼らが出した答えは「4000ルピーのでいい。私たちが1500ルピー払う。その代わり、私たちが帰ったあとも、ここで使ってもらっていい」と言うのだった。もとの宿泊も通常の半額近くにしてくれと言い、自分たちのために用意してほしいマットをうちに2500ルピー負担してくれ、と言う。ベッドの不満は今までどのお客さんからも出ていない。はっきり言って必要ない。しばらくクリシュナと話したが結局「私たちの予算にも合わないので無理です」と答えた。男の人の方はちょっと意外そうな顔をした。若い女の子の方は、わがままなのか、本当に知らないのか、困ったような顔をした。
 最初から値切ろう値切ろう、という人は結局うまくいかない。もしも彼らを泊めても、またその過程で何か言い出すに違いない。
 この一件で午前中がつぶれた。ああ、疲れた。
 そんなことで疲れて、さらにカトマンズに行く間の留守番をどうやって任すか、などのことでクリシュナともめる。そんなところへ、夕方になって日本人のカップルのお客さんが「予約してないんですが、泊めてもらえますか?」と不意に来てくれた。「ブログを毎日読んでますから」と、私のウェブを見て来ていただいたのだった。夕飯の注文もいただいた。でも、バイが休みだったので、作るのにお客さんを待たせてしまった。ネパールに関心が高いようで、政治的なことにも詳しいようだった。
2010/4/8(木)
営業開始95日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん

 イレーネさんが9時くらいに来る。食事を済ませると、「これをあげたいの」と言って、象のマスコットが着いたキーホルダーとポストカードをくれた。もう帰国するときが来たらしい。こちらも、イレーネさんが帰るときには渡そうと思っていた日本の染めのてぬぐいを差し出す。彼女はファッションデザイナーで日本の衣類に興味があると言っていたからだ。もう帰るんだ、と思ってクリシュナを呼ぶ。が、イレーネさんは「See you tomorrow」と言う。今日がラストじゃなかったらしい。明日らしい。もらった手紙を読んでみる。「Namaste Friends,」から始まって、「Many thanks for every lovely meal・・・」「Here is a taken of appreciation・・・」。思えば不思議な縁だった。夕暮れ時に、ガーデンにいた私に声をかけて「朝食はやっていますか?」と聞かれたのが初対面。いつでも約束を守って律儀に来てくれた。信頼関係ができていた。縁て不思議だ。
 宿泊のお客さんはバイクに乗って夕方まで出かけた。近くの山に行ってきたらしい。なんだか疲れた様子で帰って来た。明日出発するということで、お会計を頼まれた。それから食事に出かけ夜9時半ころ帰ってきた。明日のバスパークまでのタクシーを頼まれる。このロシア人のお客さんたちはとても静か。クリシュナがよく「ヨーロッパ人のお客さんの仕事はやり易い」と言っていたが本当だ。
 お客さんがいるのに、何もすることが無い。庭の花や畑を見る。ただの雑草だと思っていたのに花が咲き始めた。薄紫の色が美しい(写真)。
2010/4/7 (水)
営業開始94日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん

 イレーネさんの朝ごはんを用意する。洗濯物を頼まれた。今日も細かいお金がなかったらしく、請求書だけ渡す。
 客室などの掃除をする。甥っ子が来たので、クリシュナはその相手をする。
 昨日から宿泊のお客さんは9時少し前に出かけて行った。クリシュナが彼らはドイツ人だと言ったが、聞いてみると彼らはロシア人だった。ロシア人!! 私は生まれて初めて会ったかもしれない。体格が良く、タンクトップに半ズボン姿。男性の方はにこにこしていて親しみのわく感じ(Antonさん)。女性は彼の奥さんらしく「娘が大学で日本語を勉強している」と言っていた。シベリアだと言っていた。「日本の隣ですね」と私が言うと「そおだね。寒いところだよ。ここは暖かくていいよ」と言っていた。
 インターネットで野球の速報を見る。木村コーチが亡くなっての試合。泣きそうだ、、、、
 夕方、ロシア人のカップルが出かけて行き、7時すぎに戻って来る。そして2週間前に来た2人の仲間も一緒だった。男性は体格がさらに良く、長髪でひげ、ハードボイルドな感じ。20代前半くらいの小柄な女性が彼女か奥さんらしい。「ルーム イズ オッケー?」と聞かれた。それで友人が今泊まっている部屋を見に行き、「2週間泊まりたい」ということになった。「2週間泊まるから安くして欲しい」「ここは部屋が広くてきれい。どうしても泊まりたいの」と言う。えーーー? と思ったが、しぶしぶ承諾した。こういうところが、ここの弱みなのだが、予約が無い限り、空いてるよりはまし、という考え方で値下げする。その代わりサービスの質を下げる。もっともそんなに安くはないのだけど。その後、宿泊の男性とその仲間が一緒に飲みに出かけ、10時ころ戻ってきた。朝の遅いクリシュナに帰りを待ってもらい、朝6時から仕事のあるバイや私は先に寝た。
2010/4/6 (火)
営業開始94日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん(初のヨーロッパ人)

 飛行機のチケットを買ってもらったお客さんのフライトが8時半。ちゃんと飛行機が飛ぶか心配で、予約した会社やお客さんに電話する。お客さんの方が気を遣って「飛ぶようですので、ご心配なく」と空港から電話をくれた。
イレーネさんの朝食は9時。味噌が終わったということで、今日はモモをオーダーされていた。でも、昨日日本人の知人から味噌をもらったことを話すと、パチパチと手を叩いてうれしそうに笑った。1000ルピー札で支払いをくれようとしたが、こちらが細かいお金がないので、昨日に引き続き明日まとめてもらえばOKということになった。
 畑の芽がぐんぐん大きくなっていく。とうもろこし、枝豆、そばの菜っ葉はかなり早い。
 クリシュナは近所の「ブラダバンダ(男の子の成人の儀式)」のお祝いと、この間人が亡くなった家の「牛のおしっこを飲む儀式(清浄の意味)」とに出かけていく。
 夜7時半になり、暇なので門を閉めて、夕飯の仕度にかかろうかな、と思っていたとき、クリシュナが階下で呼ぶ。なんとお客さんが来たと言う。2週間くらい前に部屋を見に来たドイツ人のカップルだった。こんな遅い時間にわざわざ覚えていて来てくれた。トレッキング帰りでかなり疲れているみたいだった。あわてて他の部屋から大きいサイズのベッドを運ぶ。シャワーを浴びたら夕飯の注文をいただいた。ワインをグラスでちょっと試した。ツナサラダ、グリーンサラダ、冷やしトマト、モモ、そしてコーラなど。バルコニーの席をお勧めした。9時半ころまで食事を楽しんでいた。
 しかし反省した。。。。ゲートを閉めて電気も消していたにも関わらず、2週間前に来たお客さんがわざわざ来てくれた。こんなこともあるんだ・・・。こっちが忘れていて、最近はじゃっかん掃除をさぼり気味だった。部屋にほこりがあったかもしれない、布団も干したばかりのを出せなかった。すみません、お客さん。明日は掃除する。
 初めての日本人以外の宿泊のお客さんはドイツだったなー。
2010/4/5(月)
営業開始93日目 食事のお客さん 日本食材料探し

 イレーネさんの朝ごはんは和食。味噌汁なしでかわりにプレーンオムレツを出す。
JICAで以前本を買ってもらった方に連絡し、カトマンズの日本食の材料を売っている店を教えてもらいにうかがう。おうちはとても素敵な高級住宅だった。行くとすでに連絡先を紙に書いておいてくれていた。私はカトマンズ、パタンにははずかしいくらい疎くて、地図も持っていない。「持ってなきゃだめ」と言われた。きっぷの良いあねご肌の方で、いろいろ教えてくださる。教えてもらうだけで十分なのに、味噌やのり、ふりかけなどたくさんもらってしまった。遠慮するが「これくらいもらってくれないと、あなたかわいくないわよ」と言われる。「あなたがここでちゃんとホテルをうまく続けてくれることがお返し」。貴重な貴重な食材を抱えるようにして帰った。
2010/4/4 (日)
営業開始92日目 食事のお客さん

 イレーネさんの朝ごはんを作る。玉子焼きも出した。「今日で味噌が終わってしまったので、明日からは何を食べますか?」と言うと「味噌、日本に買いに行かないといけないの? 私が毎日食べたせいね」と笑った。
 クリシュナがジャビさんに飛行機代、バス代の代金を払いに行く。
銀行にお金を預けに行く。3時から1時間休憩だと言われ、4時に出直す。
いつもの八百屋さんでオーダーして野菜を持ってきてもらうが、以前ほど物が良くなくなった気がする。
この間、種をまいた畑に早くも芽が出始めた。
2010/4/3(土)
営業開始91日目 食事のお客さん 洗濯 チケット

 イレーネさんは今日は休日らしく、9時半過ぎにやって来た。ダルバートのオーダーをもらっていた。量が多かったらしく、ご飯は残していたが、ほかはきれいに食べてくれた。13時ころまで英語の教材を作る作業をしていた。今日は洗濯も頼まれた。「ここは静かでいいわ」。バイは休暇でいないし、クリシュナも少しの間外出していた。私は1階でパソコンをやり、イレーネさんは3階で作業をしている。フランスの方が私の家にいるなんて、何て不思議な縁だろう、とつくづく思う。平和なひとときだ。
 15時に電気が来たので、イレーネさんの洗濯物を急いで洗濯機で洗濯する。
 先日、ダルバートを食べに来てくれたお客さんとご主人が、ポカラ・カトマンズの飛行機とバスのチケットを予約してくれた。その代金を持ってきてくれた。親が刑務所に入っている子どものケアをするNGO。ネパールでは子どもが親のいる刑務所で預けるシステムがあるそうで、1日45ルピーと700gのお米がもらえるそうだ。海外からの支援でまかなわれている。
2010/4/2 (金)
営業開始90日目

 今日はイレーネさんの朝食もなし。のんびりする。でも、イレーネさんはやって来て、「申し訳ないんだけど、お湯だけもらえるかしら?」。沸かして出す。すっかり信用してもらっていて、小さな用事でも寄ってくれることがうれしい。
 バイに給料を払う。バイは休暇で帰る。
 ちょっと気が抜けたので、昼寝をする。ネットでプロ野球観戦する。
2010/4/1 (木)
営業開始89日目 食事のお客さん

 イレーネさんの朝ごはんを作る。なすの炒めたのを少し多めに出した。イレーネさんは夕方もやって来て、「明日は来れない、今夜何か食べられるかしら?」と聞かれた。肉がないので、肉じゃがもできない、「ダルバートならできます」と言ったが、ちょっと思案顔になって「ダルバートは土曜日にいただくわ。とにかく明日は来れないので」とのことだった。わざわざ来れないことを言いに来てくれたみたいだ。何かできる、と言えばよかったか? でも、朝とまったく同じ物を出すのもなんだし・・・。「玉子焼きならできたかも」とクリシュナと反省した。
 アイロンをかけたり、ネットでパニール料理の作り方を調べたりする。
2010/3/31 (水)
営業開始88日目 食事のお客さん 買い物 畑

 イレーネさんの朝ごはんを作る。いんげんとにんじんの胡麻和えを出す。味噌汁にはわかめ、にんじん、大根を入れる。いんげんの方は、「お金は別に払うから、もっとください」と言われ、おかわりを作る。
 プリティビチョークに買い物に行く。卸売り屋で、トイレットペーパー、豆を買う。印刷会社に頼んでいた領収書を取りに行く。作物の種を買う。
 帰ってきて、近所に畑の肥やしにする水牛の糞を分けてもらいに行く。100ルピーで売ってもらった。バイがそれを土に混ぜて、土をならす。かぼちゃ、いんげん、きゅうり、えだまめ、そばの菜っ葉(そう呼んでいる)、ほうれんそう、ぎろうら、ろうか、とうもろこしの種をまいた。虫がつかない薬も買ってきたが、よく使い方を読んでみると、相当強い薬みたいなので、やめた。
 夕方、昨日来てくれたお客さんが、牧場のパニール(チーズのような物)、牛乳、卵を持ってきてくれた。夜早速食べてみた。パニールは、湯煎して、醤油をかけてみた。濃厚だけどもたれる感じはない。おいしい。豆腐のように食べられる。卵も濃い味でおいしかった。ぜひ、今度牧場を訪ねてみたい。
2010/3/30 (火)
営業開始86日目 食事のお客さん

 イレーネさんの朝ごはんを作る。クリシュナは今日も朝寝坊していたので、イレーネさんに「ご主人はどうしたの? トレッキングにでも行ってるの?」と聞かれた。
 12時ころダルバートを食べていると、お客さんが来た。1月の新年会で同席していたご夫妻だった。ホテルフルバリの近くの牧場で、牛や水牛の飼育の指導などをしているとのことだった。そこで、牛乳とかを売っているそうなので、今度行ってみたい。わざわざ覚えていて会いに来てくださるのだから、ありがたい。
 午後、空模様が怪しくなってきた。空が夕方のように真っ暗に、風が強くなってきた。そしてまもなく、雹が降った。すごい激しさで、カチンカチンと物に当たって弾ける。直径2センチくらい。プラスチック製のバケツのふたに穴が開いてしまった。夏のように日差しが強く暑いのに、急に雹が降る。この時期ならではのお天気だ。少し雪のように降り積もっていた。雷雨になり、その後また雹が降る。14時から17時ころまで雨はやまず気温も下がった。そして客室やレストランの窓の隙間から雨が入り濡れてしまった。あー、もう! 何だよ、この家。修復しないと。。。
 夕方夏服のシャツなどを買いに行った。
2010/3/29 (月)
営業開始86日目 食事のお客さん 畑

 イレーネさんの朝ごはんを作る。
 私たちも朝ごはんを済ませ、片づけや洗い物をしていると、この間日本行きの飛行機チケットを買ったネパール人の知人から電話が入った。「今カトマンズの空港にいるが、日本からの帰る便を買っていなかったためにイミグレーションで止められている、今すぐ帰る便のチケットを買いたいから旅行代理店の連絡先を教えてほしい」と言う。帰る便も予約はしてあったが、実際に買ってはいなかったらしい。急いで紹介した代理店の社長でありクリシュナの友人のジャビさんに連絡を取った。カトマンズの支社に電話をかけ、メールでe−チケットを空港にいる彼に送ることになった。その後、「チケットが買えました、大丈夫でした」と電話があった。帰りの便のチケットがいる、という決まりまでは私たちも、紹介した代理店もケアできなかった。ビザのルールは国にもよるし、煩雑なので、こういうトラブルを防ぐためにもいろいろわかっていないといけない。でも、正直、難しい。。。
 畑を作り直すことにした。お客さんに好評だったほうれんそうが終わり、種を取る分を残して花を抜き取った。バイがやってくれた。大根の花の陰になっていたトマトだが、小さな緑の果実がなっていた。今度はここにとうもろこし、枝豆、菜っ葉、きゅうりなどの種をまく。枝豆は8月後半から9月ころできる予定。あっつーい日に、畑の枝豆を取って冷えたビールを飲みたい。
2010/3/28 (日)
営業開始85日目 食事のお客さん

 イレーネさんの朝ごはんを作る。イレーネさんは味噌汁が好きなのだが、一昨日で私が持ってきた味噌が終わってしまった。ミカの会の方がくれたインスタント味噌汁の味噌だけ使い、具は野菜を煮て出す。残っていたおはぎも少し出した。「前の味噌が終わったので、今日からテイストが変わります」とクリシュナが伝えた。全部きれいに食べてくれた。米粒1個、味噌の1滴も残さない。「日本は今寒いのかしら? 4月は桜がきれいなんでしょう? あと10月くらいも良いのよね?」と言っていた。
 クリシュナと2人で銀行にいると、留守番を頼んだバイから電話があった。この間も訪ねてくれたお客さんが来ていると言う。電話を代わると、ダルバートのオーダーだった。慌ててダルバートの材料のじゃがいもを買って帰る。お客さんは斜め向かいの「ロンリーゲストハウス」のバルコニーにいたお客さんに声を掛け、その方もこちらに同席することになった。ビールを飲みながら9時半ころまで盛り上がってもらった。早くビールをオーダーしなければいけなかったのに、クリシュナがのんびりしていたので、オーダーが入ってから店に買いに走った。すっかりネパールスタイルの仕事になってしまった。
2010/3/27 (土)
営業開始84日目 お客さんチェックアウト

 お客さんに20個頼まれたコーヒーが届いた。私たちも10個買う気でいたが、値段を以前よりも1個40ルピーも高く言われたので、やめようと思っていた。でも、実際に農家のご主人が運んできてクリシュナが話をすると、「デリバリー料金で、1個20ルピー高いだけでいい」と言うのでそれなら、ということでうちも10個買った。穴の開いたのがあり、それを返そうとするとほかのを勧められた。が、それは40ルピー値段が高く、しかも他で売っていたのを持ってきたのか、値札のシールが中途半端にはがされている。「これでは売れない」と言って買わなかった。作ってる人が売ってるから、気持ちもわかるけどね。
 昨日の夕方ちょっと雨が降ったので、今日は少しだけどヒマラヤが顔を出した。急いでお客さんを呼びに行く。ちょっとでも見れて良かった。
 お客さんは、夕べ作ったおはぎと畑のほうれんそうで朝ごはんを済ませた。ほうれんそうはモリモリに出したけど、全部食べてもらった。そして間もなくチェックアウト。「地球の歩き方に投稿しておきましからね」と言ってくださった。85歳。ほんとに素晴らしい。
 お客さんがみな帰り、空いた部屋の掃除をする。布団を干す。洗濯をする。珍しく電気がずっと来ていたので、アイロンをかける。
 夕方、たくさん作ったおはぎを日本人の友人のところにお裾分けに行く。「ロンリー」にも持っていくと、奥さんが「村でとった豆」のお返しをくれた。
 バイも休暇で帰った。久しぶりに「チベタンキッチン」でキムチチヂミを買って来て、早めに寝た。
2010/3/26 (金)
営業開始83日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん おはぎを作る

 イレーネさんの朝ごはんを用意する。8時に来たが、書類に目を通して忙しそうだった。そして明日は来れないけど、スケジュールを言うために夜来るとのことだった。
 ガイドのクリシュナさんとご夫妻がやってきた。ご主人は大学の教授だった。85歳というが若い。奥様も明るい方で、たくさんお話させていただいた。そして「夕方におはぎを作りましょう!」との提案で、クリシュナさんが街に出たついでに小豆を買ってきた。でも、日本の小豆がネパールで何なのかがいまいちはっきりしなかった。一応「ラジュマ(赤い豆)」を買ってきた。それを水に浸し始める。
 12時半ころ、一昨日来た若い男の子から電話があり、お昼のオーダーが入った。うどんとおにぎり、2人前。宿泊中のご夫妻からもお昼のオーダー。味噌汁、おにぎり、ほうれんそうなど。バタバタと作る。若者たちは約束の時間より少し早めにやってきた。うどんやおにぎりは思ったより量が多かったみたいだが「せっかく作ってもらったんで」と言って全部食べてくれた。そしてクリシュナとしばらく話していた。「空という名前に導かれてここに来た」と言っていた。明日カトマンズに帰るから、その前に訪ねてくれたみたいだ。若いけど律儀だな、と思った。
 ガイドのクリシュナさん、ご夫妻の昼ごはんは3時ころになった。全部きれいに食べてもらった。そして夜もごはんのオーダーをもらうが、味噌がもう切れてしまった。ほうれんそうがおいしかったらしく、再度注文入る。
 久しぶりに夕立があった。雨降る中、イレーネさんが来て晩ごはんをオーダーしていった。肉じゃがが食べたいと言ったが、「肉はポーク」だと言うと、じゃあ肉なしで、ということになった。
 夜7時からクリシュナさん、ご夫妻、8時からイレーネさんの食事となった。イレーネさんはこの時も忙しそうに書類に目を通していた。持ち帰りのモモも頼まれた。テイクアウト用の容器がないので、タッパーでいいか尋ねると「ベリーナイス」と言われた。
 ご夫妻がワインも頼まれ、ほんとはみんなで乾杯しようという話しだったが、私たちが忙しそうにしていたので遠慮されたみたいだった。ご主人は「いろいろなところで野菜を食べてみたけど、ここに来て初めてうまいものを食べた」と言ってもらった。うちの畑のほうれんそうは柔らかくてほんとにおいしいのだ。
 そして食事が済んだあと、「おはぎ」を作り始める。1キロのアナディ(ネパール産のもち米みたいな米)をほんのちょっと水を多めに入れて炊く。炊いたのを瓶でついて混ぜる。豆も1キロ使い圧力鍋で炊くが、なかなか柔らかくならなかった。豆はご主人が担当で見てくれた。ご夫妻とも優しい方で、塩の入れ加減とか見てくれる。親戚の人がうちの台所に来ているみたいだった。まだ多少硬かったが、砂糖コップ2杯、塩こさじ1杯を入れて少し煮る。できたのをバイががんばってつぶし、それを奥様がもち米につけていった。11時ころ完成!(写真)。豆の種類はちょっと違うような気もするけど、でもおいしかった。
 ご夫妻からベグナス湖のコーヒーを20個買ってくださると言うので、農家さんに電話して明日朝持ってきてもらうことにした。前回よりも値段が1個40ルピーも上がっていた。運ぶとそれくらいになる、と言うけど、そおかな?
2010/3/25 (木)
営業開始82日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん

 イレーネさんと家族のお客さんの朝ごはんを準備する。家族のお客さんはこれまでヒマラヤが見れなかったが、今日は少しだけ見れた。「山が見えてますよ」と知らせに行くと「えっ! ほんと!」と急いで部屋から出てくる。うっすらとだけどマチャプチャレ、アンナプルナが見えた。よかった。家族のお客さんチェックアウト。新中学生の弟さん含め家族でネパール旅行。なんかいいなぁ、と思う。タクシーは日本語にできるドライバーに頼んだ。
10時ちょっと前にガイドのクリシュナさんとご夫妻がやってくる。宿泊の坂さんを交えて会話がはずんていた。坂さんがチェックアウトする。部屋代13ドルだけもらった。
 ご夫妻は部屋を見て気に入ってくれて明日泊まりにくることになった。クリシュナさんがお2人をポカラ大学の見学にタクシーで連れて行く。また日本語のできるドライバーを呼んだ。
 クリシュナさんはすぐに戻ってきた。3階のレストランでしばらくパソコンをやっていた。4時ころお客さんと待ち合わせて「桃太郎」に出かけていった。
 近所で人が亡くなった。霊柩車などないネパールでは、人が亡くなった人を担いで、火葬場である川まで運んで行く。こういう場合、みんなお互いに助け合うのが習慣なので、クリシュナも出かけていった。近所の男はみな行った。なぜか知らないが女性は行かない。9時過ぎに帰ってきた。亡くなったのは「ギリゲストハウス」の家の29歳の娘さんとのことだった。若いのに。クリシュナは帰ってくると、お風呂に入り、この日は肉は食べなかった。
 ガイドのクリシュナさんはビールを飲んだ。冷えたのを出すと「あー、おいしい」と日本語でしみじみ言っていた。蚊が出始めた。蚊取り線香を買った。
2010/3/24 (水)
営業開始81日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん

 朝5時半に起きて朝食の用意。家族のお客さん、イレーネさんの分。イレーネさんはいつもどおりに8時に来てくれた。坂さんはお茶を飲んで、刑務所に入っている子供のケアをするというボランティアの施設を見学に行く。家族のお客さんも出かける。
 1ヶ月くらい前に泊まりに来てくれたお客さんがスーパーへ行く道を知りたいと言って訪ねてきてくれた。「ここから職場に通えるなら、ここに泊まりたい」と言ってくれた。友人が来る。街のスーパーで見つけたというスペインのクッキーを持ってきてくれた。ゆっくり話す間もないまま、プジャに呼ばれたと言って帰っていく。
 私はお客さんから預かった葉書を出しに郵便局に行くが、今日も休みだった。スーパーにも寄って戻ってくると、クリシュナが2人の日本人の若い男の子にお茶を出しながら話していた。今度ご飯を食べに来るかも、と言ってうちのカードなどを持っていった。それと同時に、昔からの知り合いで日本語の上手なクリシュナさんが来る。日本から来ている学者の先生がいて、部屋を探しているとのことだった。クリシュナさんは一通り部屋を見て、「これなら大丈夫だと思います」と言ってくれた。面接されている気分だ。それでクリシュナさんは明日、お客さんは明後日から泊まるだろう、ということになった。そして、でかけていた坂さんが2人の日本人のお客さんを連れて戻ってきた。1人はJICAの方でいま泊まっていただいているお客さんとも知り合いだった。もう1人は子供の福祉のボランティアをされている方。ダルバートやビールのオーダーをもらった。この後、宿泊のお客さんも交えて、夜9時過ぎまで大変に盛り上がっていた。
 今日は大勢の人が訪ねてきてくれた。また中味の濃い1日だった。 
2010/3/23(火)
営業開始80日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん

 大学の先生たちが湖の周辺を散策してこられた後、蒸しパンの朝ごはんを食べられた。まもなくシスターが迎えに来て、チェックアウト、孤児院などを見学に行かれた。「お湯もたっぷり出てゆっくり休めた」、と言っていただいた。一晩だけだったが、こちらも大変たのしくお話させていただいた。
 朝バタバタとしていたために、イレーネさんのいつもの席をキープしておくのを忘れ、日本人のお客さんに席を移動してもらうはめになった。イレーネさんに板の間の席を勧めたがやっぱり苦手らしかった。いけなかった。さらにイレーネさんの見送りもできなかった。明日ちゃんと来てくれるかな?
電気が来ている間を縫ってアイロンをかける。
 12時、日本寺の住職さんが交替されるということで、新しい方との顔合わせ会に呼ばれて行く。坂さんがいたので、夏の展覧会の打ち合わせも少しする。でも、途中でクリシュナから電話が入り私は早めに引き上げる。
 今日サランコットへでかけ、いったんチェックアウトされたファミリーのお客さんが、戻ってこられて今日も泊まっていただくことになった。サランコットのホテルを見たが、こちらの方がいいと思っていただいたそうだ。「ここは自分の家に帰ってきたみたいで安心」と多分なことを言ってもらった。さらに本をサイン入りで買ってもらったうえ、地球の歩き方に投稿する、とまで言ってもらった。頭が下がる思い。
 6時前に坂さんがやってきた。洗面台が外にある部屋に泊まってもらうことになった。ダルバートやチャンを注文してもらった。クリシュナは旧知の知り合いなので、一緒に食事をした。今日会った日本寺の話から仏教の話などで遅くまで盛り上がった。
2010/3/22 (月)
営業開始79日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん

 朝5時起床。ミカの会の方とイレーネさんの朝ごはんを準備する。ミカの会の方々は8時に出発された。もう少しみなさんとゆっくり話がしたかった気もする。こちらに余裕がないからだ。無事すごされたようで良かった。名残惜しかった。
 4つ部屋が空き、一気に掃除をする。次のお客さんがやってくるのだ。ベッドシーツをはずし、洗濯し、掃除。バイがかなりがんばって浴室、床、ベッドを掃除してくれた。クリシュナと2人ではとてもできない。それでも全部掃除が終わって朝ごはんを食べたのが午後2時ころ。
 やっとご飯を食べて、夕方4時近く。カトマンズから連絡をもらっていたファミリーのお客さんがやってきた。JICA の方のご紹介だった。次にシスターが紹介してくれた大学の先生お2人がやってきた。
 みなさんから夕食の注文をいただいた。和食、ダルバート、マトンカレー、などなど。ペプシのオーダーをもらったが、うちに置いてなくて、急いで買いに行った。待たせてしまい、しかもみなさん「わざわざ買いに行ってもらってすみません」と気を遣わせてしまう。目の前でドタバタしてるから、そういう気にさせてしまうみたいだ。みなさんバルコニーの席を希望されてそちらにテーブルをセッティングした。1時間半くらいお待たせしてやっと料理が全部出せた。
 大学の先生お2人とたくさんお話した。子供の社会福祉について調査にこられたそうだ。ネパールのいろいろなこと、私自身の経緯なども聞かれ答えた。熱心に話を聞いてくださった。お2人ともに私の本を買っていただいた。楽しかった。
 いろいろな方に会えるなぁ、すべてが1日の出来事とは思えないほど中味の濃い1日だった。
2010/3/21 (日)
営業開始78日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん

 ミカの会の方々の朝食が7時なので、5時に起きて準備する。みなさんは車でダンプ巣に出かけて行った。ややガスっていたけどヒマラヤが見れたようで、満足されたみたいだ。イレーネさんも朝ごはんに来た。和食を食べてもらった。
 気温がすっかり夏並みに上がってきた。暑い。
昨日、ネパールの政治のドン、コイララが亡くなった。85歳。新聞の一面。朝からテレビも盛んに葬儀が行われるカトマンズの様子を中継していたようだ。夜7時からパしゅパティナートで火葬だったようだが、その時間ぴったりに停電した。
 元首相が亡くなったことを受けて、郵便局や銀行、学校も休みになっていた。お客さんから預かった7枚のはがきは今日は出せなかった。
クリシュナの旧くからの友人で版画家の「さ」さんが朝来て、2日ほど日本寺を訪ね、明後日こちらに来ると言って荷物を預けに来た。ビールを1本飲んで行かれた。
 夕立があった。ミカの会の方々は食事をして戻ってこられて、コーヒーを飲むことになった。ポカラコーヒーのもっとおいしい淹れ方を教えてくれた。本当はコーヒーメーカーがあればいいのだけど、ないので茶漉しで淹れる。大匙1杯半くらい真ん中にお湯を注ぎプッとふくらませて、ドーム状すると香りも良いのだそうだ。
2010/3/20 (土)
営業開始77日目 食事のお客さん 宿泊のお客さん

 イレーネさんが今日はダルバートの食事を済ませ、わざわざ私にあいさつをしに来てくれて帰って行く。
続いて日本人の知人が来る。彼女はもうカトマンズに数日いて帰国と言う。短い間だったけど、いろいろ楽しく話ができた。彼女の明るさがあれば、グルンの彼と乗り切っていくに違いない。
 そして午後、待っていた「ミカの会」の方々が到着。ルンビニやタンセンでの支援活動などを済ませ車でいらっしゃった。6人の会員の方とガイドのラマさん。ハードな旅だったようだが、みなさん元気そうだった。3階の木の床の卓で日本茶を飲んだあと、お土産屋さんなどを見に行かれた。夜は、畑でとれたほうれんそうや、なす蒸し、うどん、チャーハンなどを注文された。自家製のチャンも飲んでいただいた。私たちは少々テンパッてたけど、みなさん、酒も入って盛り上がっておられた。食器が足らないなどもあったけど、なんとかまわした。バイは初めての忙しさにちょっとびっくりしたみたいだった。クリシュナはいきいきして、うどんを作っていた。
2010/3/19 (金)
営業開始76日目 食事のお客さん 大掃除 飛行機のスケジュール変更

 朝8時イレーネさんが朝食にやって来る。信頼関係ができていて、相手が欲しいものがわかるし、それを裏切らずに時間を守って来てくれる。新聞のクロスワードパズルをやりながらゆっくりご飯を食べる。欧米人は自分のスタイルを大事にするというのを聞くが、確かに彼女の時間・空間が出来上がっている。
 明日のお客さんに備えて今日も大掃除。バルコニーの掃除、布団を干すなどする。バイに和食用の米や豚肉を買いに行ってもらう。
 銀行にできあがった私のATM用カードを取りに行く。これで窓口に来なくてもお金が出せる。でも、機械が止まっていることも多く、また預け入れや送金などはできない。
 カトマンズの日本人の方が経営されている旅行会社からメールをいただく。この間問い合わせてもらった宿泊の件は「年配の方が一緒なので5つ星ホテルにしておきます」と断りをもらった。そおなのだ、日本人には安すぎても警戒される。でも、うちはそこまで大層にはできないし、かと言って安宿にはしたくない。でも、うちの客室は高級ホテルのそれにもそう劣らないと思っている。ある100ドル以上の高級ホテルは、シャワーからさびのついた水が出たと、知人が言っていた。メールには「今後の空き状況確認の際の担当者の名前を教えてください」ともあったけど、担当者なんてほどもない、部屋も全然空いてます、うちまだそこまで行ってないんです。。。って感じで。ありがたいことだ。
 インドにある航空会社の支店に飛行機のフライトスケジュールの電話をする。1年オープンのリミットの5月終わりに変更した。どこかのタイミングで、カトマンズに営業活動に、日本にもちょっと戻らないといけない。いつにするかなぁ。
2010/3/18 (木)
営業開始75日目 食事のお客さん 大掃除

 昨日朝ごはんを食べなかったイレーネさん、今日はいつもどおり8時にやってきた。いんげんとにんじんの炒めたのと、わかめ・ほうれんそうの味噌汁を出した。米つぶひとつ残さず食べてくれる。ゆっくりと新聞を読んで、食事をして9時に席を立つ。ヒマラヤが見え、鳥の鳴き声が聞こえる。静かで平和な朝だなぁと思う。
 明後日やってくる日本人のお客さんのために、大掃除をする。窓を拭いて、家具や床を拭いて。布団カバーや傘の予備を買いに行く。
 クリシュナが昨日の道の掃除のときにもらってきた木を植えた。
2010/3/17 (水)
営業開始74日目 麺を作る

 朝6時に起きてイレーネさんの朝ごはんを準備する。ところが9時を過ぎても姿を現さない。どうしたんだろう? と思っていると玄関で声がして、どうやら朝寝坊したとかで、ボランティアでやっている英語教師の仕事に間に合わない。「今日は食べられない。明日来るわ」と言って慌しく行ってしまった。作った味噌汁とご飯はクリシュナが食べた。
 朝8時ころから1時間くらい、うちの同じ通りのホテルオーナー一同で、道を掃除した。クリシュナも箒を持参していった。
 バイは休暇で不在。私とクリシュナでモモづくりの下準備をする。クリシュナは勢いに乗って、小麦粉から麺を作った。きしめん状の平たい麺で、とてもおいしそうにできていた。うちの畑にいっぱいできているパクチーとにんにくでソースを作り、ゆでた麺と一緒に食べた(写真)。とてもおいしかった。クリシュナは意外に器用なんだ、と思った。
2010/3/16 (火)
営業開始73日目 食事のお客さん 買い物

 6時に起きてイレーネさんの朝ごはんを準備する。昨日と同じほうれんそうのおひたし、そして白菜の味噌汁。バイが気がつくようになり、彼女が読むための新聞を持ってくる。静かな朝だ。
 夜は昨日部屋を見に来たヨーロッパ人のお客さんの晩御飯の予約が入っていた。バイがマトンカレーを作る。バイが休暇に帰ったあとは、クリシュナが張り切って準備をした。来る時間は決まっていなかったので、夜7時を過ぎたときには「来ないのかなぁ」と思ったが、彼らはちゃんとやってきてくれた。彼がイギリス人、彼女がドイツ人。バイクに2人乗りしてきた。ちょっと肌寒い夜だったが、バルコニーの席を勧めた。「ビールをスプライトで割って飲む」という注文が入り、急いでスプライトを買いに行く。そしてマトンカレーのダルバート。彼女のほうは量が多いので米を食べきれずに残していたが、彼のほうはほぼ全部食べきっていた。食べ終わると「ありがとう。おやすみなさい」とわざわざ私にもあいさつに来てくれた。そして100ルピーものチップをくれた。多分20代半ばくらいの若いカップルだったが、大人だなぁと思う。
 朝クリシュナのババが来た。バイも交え「ブッダは世界中にいる?」という話になった。バイや私は「ブッダは1人と思ってた」と言い、ババによれば「なんとかブッダ」「なんとかブッダ」と世界中にいるブッダがいるという。
 近所の金物やさんで、洗面台外にある部屋の浴室に置く台とせんたくばさみを買う。その近くの店でてぬぐいも買った。
2010/3/15 (月)
営業開始72日目 朝食のお客さん 買い物

 朝6時起床。イレーネさんの朝ごはんを作る。イレーネさんは味噌汁とほうれんそうが気に入ったようで、「明日も同じものを」と言う。フランス人の方に私の作った味噌汁を毎日食べてもらうなんて、夢にも思わなかった。不思議。お腹を壊さないものを出さないと。
 今回のお客様の声を活かして、必要と思われるものを買いに行く。支払い時に出す精算書が1冊終わった。これを買ったときにはいつ1冊終わるのかな、と思ってたけど、ありがたいことに終わった。印刷会社「シバサンカールプレス」に宿の名前入りのものを10冊オーダーした。10冊というのがまだ弱気だけど。
 次にチプレドゥンガに行き、スーパーでおいしい米「アナディ」や小皿、タッパーなどを買う。だしをとるための小魚を買う。250グラムで150ルピー。
 買い物から帰ってくると、ちょうどヨーロッパ人のカップルがバイクで来てうちに入ってくるところだった。クリシュナは以前に会っていたらしい。半年ポカラにいるので、良い宿を探していると言う。彼はイギリス人、彼女はドイツ人。3階に来て「ここがスイートルームになってたら良かったのに」と言われた。明日の晩、ディナーに来てくれることになった。
 作っていたコド(ひえ)のチャン(にごり酒)を飲んでみた。お米で作ったのよりおいしい気がした。
2010/3/14 (日)
営業開始71日目 朝食のお客さん お客さん出発

 朝5時、宿泊の学生のお客さんがタクシーでサランコットまで日の出を見に行く。今日のヒマラヤの景色は最高だった。7時少し前、日の出、クリシュナが部屋にいるお客さんに声を掛けに行く。「起こしてあげた方が喜ぶんじゃないかなぁ。だってこれを見に来たんでしょう」。その通りお客さんは屋上にあがって写真を撮っていた。宿泊のお客さんはみな今日出発なので、最後の朝に良いヒマラヤが見られてよかった。
宿泊のお客さん、イレーネさんの朝ごはんを作る。宿泊のお客さんの1人が蒸しパン、1人が和食、イレーネさんも和食をリクエストした。みんなきれいに食べてもらった。イレーネさんはほうれんそうが気に入ったらしく「明日も同じもの」と言って帰っていった。
5泊もしてもらったお客さんがチェックアウト。昨夜買ってきたささやかな結婚祝い(? 言うのも悪いほど些少なものだけど)を渡す。「何年かしたらまた来ます」と言ってもらった。幸せになってほしい。
 次に午後1時ころ学生さんたちがチェックアウト。「お騒がせしました。洗濯がずっとできてなかったので、助かりました。来年来ることになってる子にも、ここのこと言っておきます」と言ってもらった。
 みな無事に送り出すことができた。ほっとする。その後は掃除と洗濯、アイロンかけ。
 予約の電話が入った。でも、予約しつつもドタキャン、というパターンもこれまであった。そういう場合どうしたもんか? 考えないといけないことがいろいろあるな。
2010/3/13 (土)
営業開始70日目 朝食のお客さん 宿泊のお客さん 洗濯

 カップルのお客さんとイレーネさんの朝ごはんを用意するため5時に起きる。クリシュナが「チベタンのパン」を出すが、イレーネさんにはやや不評で「パンがちょっとかたいわ」と言うことで、明日は和食になった。
 洗面台が外にある部屋に泊まっていたお客さんがチェックアウトした。問題がなかったか尋ねると「完璧。落ち着きました。(私の)家に遊びに来させてもらったみたいでした」と言ってもらった。ただ、洗面台が外にあるため、浴室に鏡、シャンプーなどを置くものがない。それがあると便利、と言ってもらった。「お客さまの声」は大事、大事。
 お客さんが日本寺などに観光に出かけて行く。その間に部屋を掃除する。2部屋のお客さんから洗濯を頼まれる。みな明日出発なので早く乾かしたいが、途中で停電し、手で洗う。屋上に干すが、風で飛び洗いなおす。洗濯物を干す物も課題。失礼かもしれないが、お客さんの洗濯をすると、アパレル関係のライターをしていた私は、いろいろな服が見られてうれしい。日本人は若くても、やはり良いブランドを着ているし、素材が違う。
 半そででいられるほど暑いが、夕方からひょうまじりの雷雨になった。水が不足する不安があり、水を買う。700数十ルピー。家を建築していたころは400ルピーくらいだったからかなり高くなった。
 夜、カップルのお客さんから晩御飯の予約をいただいていた。「この席で」と1日目におすすめしたバルコニーの席をリザーブしてもらった。気に入ってもらったんだーとうれしくなる。「星見れるかなー」と楽しみにしていたのに、夕方あいにくの雨。雨があがったあと、クリシュナとバイで水をはく。ちょっと気温が下がり寒かったみたいで、食後のお茶は室内に移動した。マトンカレーとマトンダルバート、冷やしトマトのオーダー。全部きれいに食べてもらった。そして、夜遅くまでくつろいでもらった。
 夜になり、昨日来た、いわゆるバックパッカーの若者が友人を連れてご飯を食べに来てくれた。友人はインド帰りでお腹を壊しているとのことで、おかゆを頼まれた。朝食セットだったけど、別にかまわないので作ることにした。停電しているので、電気釜が使えない。バイに急いで鍋で米を炊いてもらう。なべも足らない。「なすとほうれんそう、どっちが好きですか?」と尋ねると「どっちも好き」と言うので、米、ほうれんそうのみそしる、のり、梅干、そしてなすの蒸したのにした。思いがけないことだったので、レストランに通すが、洗濯物がおきっぱなしではずかしかった。「全然かまわないですよ」と言ってくれたけど。1人80ルピーをもらったけど、満足してくれたかな? 肉じゃがもオーダーしたかったのかもしれない。小さい声で「でも、忙しそうだから悪いと思って」と話しているのがかすかに聞こえた。またドタバタしてしまった。お客さんに悪い。こういう若者に来てもらえてうれしかった。
 ずっと泊まってくれていたカップルのお客さんに、超ささやかな結婚祝と記念の意味を込めて贈り物をしようと考え、仕事を終えた9時半ころ買い物に行く。毛の帽子とパシュミナ・シルク・毛混のストールを買った。
 予約の電話をもらった。5月に2日間。カトマンズのJICAの方で、ほかの方からのご紹介という。「良いって聞いたんで」。責任を感じる。
 今日も忙しかった。食事の下ごしらえからそうじまで、全部自分他たち3人だけでやってるからだろう。でも、人に任せて、お客さんに迷惑かけたら悪い。クリシュナと、できるなら、1泊のトレッキングの案内さえも自分たちでやろう、できないことは断ろう、と話した。
2010/3/12 (金)
営業開始69日目 朝食のお客さん 宿泊のお客さん 洗濯

 お客さんが、朝5時サランコットに日の出を見に行くので、クリシュナが4時半に起きてゲートなどを開ける。このお客さんの朝ごはん蒸しパンとイレーネさんのモモをクリシュナが準備するので、日本食担当の私は少しのんびりする。ヒマラヤの日の出を見に行ったお客さんは天気が悪くてあまり見れなかったと言って、7時ころには帰ってきた。
 体調が悪かったお客さんは「よくなりました」とわざわざ言いに来てくれた。今日は外に出て買い物や食事をしてきた。よかった。
 予約が入っている4名の日本人の学生のお客さんをクリシュナがバスパークまで迎えに行く。ネパールのタクシーは軽自動車なので、荷物を持って5人も乗るとぎゅうぎゅうになる。それを気にして、クリシュナは自分は一緒に乗らないで、運転手に任せて車を出したが、お客さんたちが「えー、なんでー?」とちょっと不安を持ったらしかった。うちは車を持っていない。買うお金がない。ちょっと課題だ。
 到着してすぐにシャワーを浴びたが、最初の2分は水が出てくるのを言いそびれてしまったため、冷たい水を使わせてしまった。「慣れてるから大丈夫です」と言ってくれたが反省だ。
 お客さんに洗濯物を頼まれた。1枚8ルピー。電気が来ている時間に急いで洗濯機で洗い、屋上に干す。
 夕方日本人の若いバックパッカーの男の子が、部屋を見に来た。バイが部屋を見てくれ、というようなことを言ったと受け取ったらしく「ドミでいくらか知りたかっただけなんですけどね」と、戸惑い気味だった。でも、せっかくだから部屋を見てもらうが「13ドルかぁー。確かに清潔。安かったら泊まらせてもらうんだけど」。そのかわり食事は安くしている話などをすると、そこからちょっと話が広がり「からあげが食べたい」とかいろいろ話していた。みんなけっこう話がしたいのかもしれない。彼は帰っていったが、クリシュナが「泊めてあげたいけどね」と言っていた。
 今日も忙しかった。
 
2010/3/11 (木)
営業開始68日目 朝食のお客さん 宿泊のお客さん

 朝5時に起きてお客さんの朝ごはんの用意をする。宿泊のお2人とイレーネさん。和食にして体調の悪いお客さんはおかゆにした。みんな全部食べていただいた。いんげんとにんじんを醤油で炒めたものは、イレーネさんはおかわりもした。
日本米に近い韓国米がもう終わりに近く、まだ店に来ていないので、ネパールのおいしい米を試してみる。「アナディ」は確かにおいしくて米だけで十分食べられる、日本米に近い。「ジェトブロ」というのも高級品だが、タイ米に近くてダルバートにはいいけど、和食としてはちょっと違う。
 朝ごはんが終わり、昼ごはんの準備やそうじ、ベッドの移動などをしていると、昼過ぎに2人の宿泊のお客さんが来た。JICAからのご紹介の姉妹。バイがすごく気がつくので助かるものの、私とクリシュナではつい言葉が荒くなって、ものすごいドタバタした。お客さんに申し訳ない。
新しいお客さんは、洗面台が外にあるこじんまりした部屋を選ばれた。この部屋は失敗されて洗面台が外についてしまったのだが、日当たりが良いのと、つけた洗面台がかわいいのとで女の子に人気がある。やってみないとわからないことが、たくさんあるものだ。
 夕飯のしたくはバイがマトンカレー、私が肉じゃがなどを作った。
 停電タイムがあるので、その時間を考慮に入れて仕事をしないといけないので、それもまた仕事を焦らせる要因になる。今日もほんとうに忙しかった。
2010/3/10 (火)
 

 朝5時半に起きてお客さんの朝ごはんを用意する。2人の宿泊のお客さん、イレーネさんの分だ。ほうれんそうのおひたしや、大根おろしなどを出した。
イレーネさんは、おにぎりがいいと言うので、梅干にのりをまいて出した。本当に好き嫌いのない方で、全部きれいに食べていただいた。でも、しょうゆは使わないみたいだ。今日、話をしていたら、なんとイレーネさんはニューヨークで働く服飾デザイナーさんだった。私は日本でアパレル雑誌のライターの仕事が長かったので、話が合いそうでうれしくなった。日本で、コレクションでリンダ・エバンジェリスタを見たり、ポール・スミスにインタビューした話などをした。
 でも、やっぱりなぁ、と思った。イレーネさんは服装も髪型も素敵なのだ。アパレルに関わってみると、やっぱりフランスやイタリアのファッションは憧れる。モードとは縁のないネパールで久々にアパレルの話ができて、そういう取材が懐かしいなぁと思ったりした。
 日本人のお客さんが2泊3日のトレッキングにでかけることになり、朝8時にガイドさんが迎えに来た。今後のこともあるので、どこまでガイドできるのか、いくらか、などを聞いておいた。ポカラのテルサパッティに住むネワール族のパスカルさんという人で、カトマンズに事務所があり、そこで予約してくる観光客をポカラでガイドしている。今朝の朝ごはん代も料金に含まれているそうで、払ってもらった。
 お客さんは今朝も胃腸の調子が悪いらしく、ふらふらとしていた。「トイレに気を使ってあげてくださいね」とガイドさんに言っておき、栄養補給にマンゴージュースの紙パックを2つ渡した。自分もいつもそうしてるから。
いったん出かけられたが、お客さんたちは調子が悪くて戻ってこられた。自分の経験から、どういう感じや気分になるか、自分ならこういうときどうするかを考える。
 夕方JICAの方から予約の電話をもらった。友人の学生さんが明後日4人ポカラに来るとのことだった。カトマンズの「望トレックス」さんからも同じ件で電話をもらった。12,13日と2部屋予約をいただいた。
 スペイン人のカップルが来て、モモとビールをオーダーしてもらった。ドレッドヘアの体格の良い2人だが、笑顔はやさしかった。バルコニーの席を勧めると、快く上にあがってくれた。国は聞かなかったが欧米人の若い女の子も来てモモを食べてくれた。クリシュナは「ゲートを閉めてたのに、わざわざ入ってきてくれるんだね」と喜んでいた。こういう奥まったところにある、普通の家っぽい店が、逆に良い、という人もいるのかな? ヨーロッパ人率が意外に高い。
 本当に忙しい。
2010/3/9 (火)
営業開始66日目 朝食のお客さん 宿泊のお客さん

 朝5時に起きてお客さんの朝ごはんを準備する。2人の宿泊のお客さん、そしてイレーネさんの分だ。日本人の方にはご飯、味噌汁、のり、梅干、そしてほうれんそうのおひたしをつけた。全部食べていただいた。ほうれんそうのおひたしは、イレーネさんにもサービスで出した。イレーネさんには、クリシュナが「ティモック」というチべタンのパンと野菜カレーを出した。ティモックはクリシュナは以前チベット料理店で働いたときに覚えたらしい。小麦粉にバター、牛乳を混ぜて蒸したもの。薄く延ばした生地を葉巻風にまるめる。クリシュナはハート型にしていた。このパン6個はさすがに量が多かったらしく、イレーネさんも2個ほど残していた。イレーネさんは何でも、たくさん食べてくれるのでうれしい。
 日本人のお客さんは朝ごはんを食べたあと、昨日から4泊の予約だったが、「天気が良いのでトレッキングに行くことにした」と言ってチェックアウトされた。それに落ち込む間もなく、予約をもらっていた日本人のお客さんがタクシーで来た。若いカップルさん。事前にメールで丹念にポカラ在住時の質問をいただいていた。文章からきちんとした性格と、婚約中の幸せ感が伝わってきた。図書館で私の本を借り、ゲストハウスをつくると書いていたのを読み、私のウェブを見てやってきてくれたという。夜はうちのバルコニーでご飯を食べてもらった。「お腹にやさしい和食」。ビール、ホットレモン、ご飯、味噌汁、肉じゃが、ほうれんそう炒めをオーダーしてもらい、なすの焼いたのはサービスでだした。バルコニーにキャンドルやランプで明かりをつけると、星がきれいでカップルには、ほんとにいいムードなのだ。
 夕方6時にこの前お会いしたシスターにうちの宿を見に来てもらった。今度、子供の福祉環境について調査に来るという大学の先生を紹介してもらっている。それでシスター自身が一度見学に来られたのだった。本をお貸しした。
2010/3/8 (月)
営業開始65日目 朝食のお客さん 宿泊のお客さんいらっしゃる!

 朝6時に起きて、フランス人のお客さんの朝食を準備する。クリシュナが作るものを気に入ってくれているので、クリシュナも張り切って取り掛かっている。今日は小麦粉で作ったパン(チャパティ)と、なすとじゃがいもの野菜カレー。全部きれいに食べてくれた。そして「沸騰したお湯をあとでもらいに来てもいいですか?」と言う。別にお湯くらいかまわないので、OKすると、本当に約束どおり12時過ぎに来て、水筒に入れて持っていかれた。これはネパールでは本当に珍しい。だいたい外国人は水に気をつけていて、ミネラルウォーターを買う。沸騰してるから大丈夫と言われても、あんまり飲みたがらないもののだ。それなのに、わざわざ水をもらいに来るなんて、それだけうちを信用してくれている。ああ、人に喜んでもらえてるってうれしいものだ。
 朝ごはんを食べたあとは、3人で掃除をして、宿泊の日本人のお客さんを待つ。布団を干して、床を雑巾で拭いて、浴室ももう1回掃除する。ちょっと緊張する。3時過ぎころいらっしゃった。お客さんは私の本とCDを買って、ここを知ってきていただいたという。本当に感謝すべきお客様なのだ。お母さんの方はなんと85歳というが、インド、チトワンから今日バスで来られたのに、すごい元気。かわいいお母さん。娘さんと海外旅行。うらやましい。夕飯のオーダーをいただいた。ご飯、味噌汁、肉じゃが、モモ、ごまあえ、緑茶。「親戚の家に来たみたい」と言ってもらった。明日は朝ごはんのオーダーをいただいた。朝陽の当たるヒマラヤを見ながら、食べていただきたいなぁ、と思う。
 スタッフのバイにお金を渡して水道と電気の料金を払いに言ってもらったが、その足で休暇に入り実家に帰った際に、おつりの200数十ルピーをどこかに置き忘れてしまったと言う。珍しく落ち込んでいる。そこまで任せたこちらもちょっと悪かったかもしれない。
2010/3/7 (日)
営業開始64日目 朝食のお客さん 買い物

 昨日の夕方具合が悪いと言ってやって来たババは、今日は回復したらしくおかゆを食べて帰って行った。
 フランス人のイレーネさんは今朝も朝ごはんを食べに来てくれた。今日はクリシュナが作ったモモを食べていただいた。美味しいと言ってもらった。今後、何曜日は8時に来る、何曜日は9時に来る、とスケジュールを教えてくれた。いまいち私の英語が通じないのが難だけど、クリシュナは自分が作ったものを喜んでくれるので、張り切っている。こうして素敵なフランス人の方と交流が持てるなんて、縁て不思議だ。ほんとに。
 午後は買い物に行く。壊れた電気釜を直しに行く。買ったお店の前が電気修理屋さんで、そこに持っていくが、停電中で他の買い物を先に済ます。3時半に戻ってくると、ようやく釜の裏を開けて修理を始めた。私は多分生まれて初めて、電気釜を直しているところを見たのではないかと思う。今の日本では電気釜を修理することなんて、あんまりないだろうから。ドライバーや電流が来てるかどうかをチェックする道具を持って、直している職人さん、かっこいい仕事だなぁと思った。日本で壊れた電化製品もここに持ってくれば直るだろう。結局電気の線が1個だめになっていたのを直した。
 GCで壊れた冷蔵庫の電気チェックを直したのを持ち帰る。
 風呂のふたを買いに行く。「1回で壊れた」と文句を言ったら、「お宅が悪い。他は2年間壊れてない」と言われた。頭に来たので、そこで買った4個のふたのゴムをわざと引っ張ってみたりした。
  買い物中に、ずいぶん前から宿の予約をいただいていたお客さんが2日予定が早まって明日来ると電話をいただいた。すぐに留守番のバイに電話して、部屋をまた掃除してもらう。早く帰って明日に備えなくては。私の本を買って、ここを知って来てくれるという大事なお客さんなのだ。
 夜になって、布団カバーの予備をオーダーしに行く。大きいやつは1枚500数十ルピーもするという。ああ、お金がかかる。。。必要な物だけど、高いなぁ。この前喧嘩したグルンの布団屋さんは、うそつきではあったけど、安くて良いものはくれてたのかなぁ?
 その後、小麦粉を買いに、商品がきれいで安いインド人のおじさんの店に行く。
 明日は朝食のお客さん、泊まりのお客さんも来る。
2010/3/6 (土)
営業開始63日目 朝食のお客さん

 朝6時、クリシュナがガバッと起きて、ご飯の準備にかかる。昨日予約が入った朝食のためだ。米を炊こうと思ったら、電気釜が壊れたのか、電気が入らない。やがて停電し、壊れたのか、ただ停電で電気が切れただけなのか、わからなかった。米は圧力釜を使いガスで炊いた。
 ダルバートの準備ができて、「昨日のお客さん、本当に来るのかなぁ」と言っていたが、9時過ぎころ、お客さんがやって来た。ゲートをさーっと開いて。「上の部屋の方がヒマラヤの眺めが良いんですけど、どうですか?」と尋ねると、快くスリッパにはきかえてあがってくれた。クリシュナが案内する。「おおっ!」と景色を見て歓声があがる。新聞を出す。ネパール紅茶を出す。
庭からパクチーを持ってくる。苦手な人もいるので、「これ好きですか?」と聞くと、「大丈夫」とのことだったので、すぐにすりつぶしてソースにして出す。ダルバートは、ネパールの米と、ダル豆、カリフラワーとじゃがいものカレー。「味、大丈夫かなぁ・・」とハラハラして見守ったが、どうやら気に入ってもらえたみたいだった。パクチーはおかわりを催促された。「ほかの店で食べたときは、あんまりハッピーじゃなかったわ。ここは安いし美味しい。ポカラで英語を教えているの。1ヶ月いるから、毎日ここに来るわ」と言ってくれて、明日はモモのオーダーをもらった。部屋も見てもらい、次回はここに泊まるとも言ってくれた。
 彼女は40歳前後くらいのフランス人の女性だった。白い短い髪の毛はおしゃれでそうしているのか。ネパール製のシャツをセンスよく着こなし、知的で、感じがよくて素敵だった。こういう方に来て欲しいなぁ、思っていた通りの方が来てくれた。
 フランス人のお客さんが帰って、クリシュナは燃焼したみたいで、ゴロゴロしている。モモは夕方作る、と言っていたが、突然ババ(父)から電話で「吐いて下痢をして大変だ。すぐ来てくれ」。クリシュナがタクシーでかけつけ、ババを連れ帰ってきた。ジーバンジャール(ポカリスエットみたいな、粉を水に溶かして飲むもの)や薬を飲みすぐに寝る。うちに来て落ち着いたのか、吐くのは止まった。
 クリシュナが戻って来れなかったら、明日のモモはどうしよう、と思ったが、帰ってきたのでホッとした。さすがにクリシュナも使命感を感じているようだ。
 夕方、この間、不要なマットを持っていった保育園のシスターから電話をいただいた。この22,23日に調査に来る大学の先生がいて、うちの宿をおすすめしてくれたと言う。そして、おすすめするからには一度うちを見ておきたい、とのことで9日に来てくださることになった。けっこう今月は忙しい。ちょっと仕事っぽくなってきた。
2010/3/5(金)
営業開始62日目 料理 朝ごはんの予約入る

 バイが休暇中なので、そうじなどは私が1人で、モモづくりはクリシュナがやる。モモが美味しくできたのに気を良くして、クリシュナは蒸しパンも作った。バター、卵、牛乳にほんのり甘さを加えて、私が作ったのよりも美味しくできていた。
 夕方、庭の草木に水をやっていると、ヨーロッパ人の女性が不意に入って来て、何かを尋ねられた。最初わからなくて聞きなおすと「朝食はやっていますか?」ということだった。この質問は初めてなので、一瞬何を聞かれたのかわからなかったのだ。イエスと答えると、「じゃあ明日来ます」と言う。「何時に来ますか?」「うーん、9時か10時くらい」「何を食べますか?」「うーん、ネパール料理」「ダルバートでいいですか?」「OK」。
朝食の表示はしていないし、日本食を求めてきた日本人でもない。明日の朝、早く発つので朝食が欲しい、という感じでもない。ちょっと意外だけど、ヨーロッパ人のダルバートの朝ごはんの予約が入るなんて、なんて楽しい! 早速クリシュナに報告する。バイはいないので、クリシュナが調理することになる。「あなたにとって大変なことが起こったよ!」。クリシュナが蒸しパンに気を良くしていて、ラッキーだった。「ぼく作るよ」。明日は6時に起きて準備する。
 ヒマラヤしゃくなげトレッキングシーズンに入った。荷物を担ぐネパール人と欧米人の姿が多くなってきた。
2010/3/4 (木)
営業開始61日目 料理 予約メール来る

 ちょっと忙しくなる時期を前に、バイに3日間の休暇を取ってもらうことにした。水道と電気の料金を払いに役所に寄ってもらい、その足で実家に帰って行った。
 クリシュナは原因はよくわからないが、お腹の調子を悪くしていて、午前中はぐずぐずと寝ていた。バイが帰るころ、起きてきてモモの皮を作る。
 バイがいないので、掃除も植木や畑の水遣りも大変だ。あっという間に夕方になってしまった。
 今日のモモには畑の「チャムスルサーグ」という香野菜を混ぜてみた。畑にいっぱいできてるし、日本では餃子にニラを入れるからいいかも、と思った。美味しかった。
 夜10時近くに停電が終わって、その後、メールをチェックすると、日本の方から宿予約の連絡をいただいていた。お風呂付の部屋1泊。またうれしくなった。
2010/3/3 (水)
営業開始60日目 本置いてもらう 銀行に口座開く 家の裏側掃除 「ホテル協会」会議食事のお客さん

 昨日本を売ってもらった「桃太郎」に行き、本の代金をもらってくる。価格を1500ルピーにしている。そのうちの200ルピーを本を置いてもらったチャージ料として取ってもらった。お金をもらうとともに食事もしてきたが、このお店のスタッフはサービスを心得ていて、私がテーブルに着くと、向こうから「本のお金を持ってきますね」と言ってくれる。1度くらいしか会っていないウエイターさんなのに、すぐに私とわかってくれる。前回の違うウエイターさんでもそうだった。とにかく、このお店にはお世話になっている。また1冊置いてきた。
 その後、銀行にほんの少したまった15000ルピーのお金を預けに行く。本当はスタッフのバイの給料日なので、その4000ルピーを払おうとするが「今もらうとすぐに使ってしまいそうなので、2ヶ月分まとめてください」と言う。そんなこと言われても、私たちだって使ってしまいそうだ。「みんな自信がないんだよ」、クリシュナが言い、結局「じゃあ日本人の私が預かる」ということになった。レイクサイドにある「マチャプチャレ銀行」に私の口座を開いた。パスポートと写真2枚が必要なだけで、書類の記入などは銀行のお姉さんがやってくれた。ネパールの銀行は利率が良くて、1年定期とかにすると8%、10%など利息がつく。私は額が小さいのと、定期にはしないので4%。でも、それでも良い。
 家の裏側に雑然と置いてあった木や石を片付けた。セメントやペイントの混ざった土を捨てた。今度ここに、とうもろこしや枝豆を植えましょう、とバイと話した。
 クリシュナが「ホテル協会」の会議に行ってくる。400名くらい加盟しているが、出席者は50名くらいだったと言う。「ホテルムーライト」で行われた。議題は「ホテルの最低料金は1泊500ルピーにする」だった。この前、この近所だけでその会議があったが、今回全体会議で正式に決まった。
 夕方7時くらいになって、昨日も来てくれたJICAの方がネパール人の彼氏と一緒にご飯を食べに来てくれた。彼女がベジタブルモモ、彼がベジタブルダルバートを食べた。バルコニーの席に案内した。「なんで、こんなに美味しいモモが作れるんですか?」「ほうれんそうが、すごい美味しい」と言ってもらった。ほうれんそうやパクチーは、オーダーをもらったあと、家の畑から採ってきた。とても仲睦まじい良いカップルだなぁ、と思う。ミネラルウォーター合わせ、計175ルピーいただく。バイが汗をかきかき、くるくると動いてくれてとても助かった。
2010/3/2 (火)
営業開始59日目 お茶のお客さん 本売れる

今後入っている予約などに合わせて、バイの休みを相談する。忙しい時期は休まないでほしいので、その前に明後日から3日間休む、ということになった。
 「ホテル協会」から通知が来て、明日3時から「ホテルムーンライトリゾート」で会議があると言う。
 午後日本人の知人が来る。バイタリティのある方で、日本でお金を貯めたかったときは、2つの病院で夜勤もし、ほかに2つのバイトをしていたそうだ。いろいろ話をして楽しかった。明るい方なので、今後も乗り切っていきそうだ。ブラックコーヒー25ルピーを飲んでいただいた。
 クリシュナがチラシを配りに行く。仲の良いレストランにもチラシを置いてもらう。
 夜、7時過ぎ、すっかり日が落ちたころ、私の名前を呼んで訪ねてきてくれた日本人の方2人が来た。連れてきてくれたのは、7,8年前にアドンタールの村の学校を取材させてもらったクリシュナさんだった。この日本人の方は和食レストラン「桃太郎」で私の本を買って、ここを訪ねてくれたそうだ。お姉さんがポカラの大学で教員育成のNGOをしているとのことだった。クリシュナさんは、このNGOの現地スタッフをしているようだ。クリシュナさんとは縁があるなぁ、と思った。本つながりで、来てくれる方がいる。理想的な展開でうれしい。
 うちの庭はすっかり春。大根の白や薄紫の花、この前オレンジ色の花が咲いた同じ種類の草から今度は赤い花が咲いた。トマトの草にも黄色い小さな花が咲いた。ぐんぐん草木が成長するのでおもしろい。
2010/3/1(月)
営業開始58日目 部屋掃除 チャン散乱する 出版社に電話

 朝ごはんを食べたあと、客室の床掃除をする。
 そして、私が台所を掃除していたとき、「バンッ!」と音が鳴った。見ると、昨日作った発酵中の酒の容器からひえが溢れて散乱している。すぐにバイを呼ぶ。「昨日、ボトルいっぱいにひえを詰めすぎちゃったんだ」と言う。上の部分の少しが溢れただけだけど、あーあ、もったいない。。。クリシュナやバイは「爆発したんだぁ」と笑っている。私は「笑い事じゃないよ」と言いながら、床を掃除する。ひとつわかったのは、最近気温が上がったためか、ひえの性質なのか、わからないが、米よりかなり早く発酵する、ということだ。米の酒もかなり美味しくなった。
 夕方ころ、日本人の友人2人が来る。「サーランギ」という楽器を買ったので、それを習えるところを探しているということだった。サーランギはバイオリンのような弦楽器だが、かなり弾くのが難しいものらしい。ネパールでは「ガイネ」など、音楽をやるカーストが何でも器用に弾いてしまうが、一般にそれを習ってできる人はまずいない。近所の音楽教室に行ってみるが、引っ越したあとだった。ほかに、思い当たるところがなかなか無いんだなぁ。。。
 私の日本語本の原稿を預けてあるカトマンズの出版社に久々に電話する。もう原稿を渡して半年になる。さすがに少し作業が進んだらしくて、「以前頼んだオペレーターが仕事ができない、というので、違う人にやらせている。2,3日以内にある程度上がってくるはずです」。こちらが、「3月の末くらいまでに、カトマンズに用事があって行くかもしれないんですよ」と言うと、「ああ、末ころなら、もう完璧にできちゃってるかもね」ということだった。行く前に連絡する、と言って電話を切ったが、本当にゲラ刷りがもうすぐあがってくるのか? 一方、クリシュナに言わせると、「下手したら、こっちでチェックしないまま、本を作っちゃう可能性もある」。確かに、それもある。ミスプリントだらけの本ができてしまうかも。そこまでないだろうけど。。