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ブハリ日記(ブハリとは末の嫁)の意味

2013/7/5 (金)
営業開始1257日 日本語単語帳 

クリシュナはバイトは休み。横浜で働いていたときの友達と渋谷に飲みに行った。楽しい時間をすごしたようだ。
 私は日本語単語帳の入力・チェック作業をした。
2013/7/4(木)
営業開始1256日 日本語単語帳 クリシュナはバイト

 クリシュナはバイト。
 私は日本語単語帳の入力・チェック作業をした。
 隣の家の人が市場でいかを買ってきておすそ分けしてくれた。焼いて食べたらとてもおいしかった。
2013/7/3 (水)
営業開始1255日 日本語単語帳

クリシュナはバイト。
 私は日本語単語帳の入力・チェック作業をした。バッハを聴きながら作業をすると効率が上がる。
2013/7/2 (火)
営業開始1254日 日本語単語帳

 クリシュナはバイトは休み。
 私は日本語単語帳の入力・チェック作業をした。
2013/7/1 (月)
営業開始1253日 クリシュナはバイト、日本語単語帳

クリシュナはバイト。
 私は日本語単語帳の入力・チェック作業をした。
 7月。昨年はもっと暑かったような気がする。
2013/6/30 (日)
営業開始1252日 クリシュナはバイト、日本語単語帳

 クリシュナはバイト。家に戻ったのが夜の12時過ぎだった。忙しかったようだ。
 私は日本語単語帳の入力・チェック作業をした。
2013/6/29 (土)
営業開始1251日 クリシュナはバイト、日本語単語帳

 クリシュナはバイトに行った。
 私は日本語単語帳の入力・チェック作業をした。
 せっかく日本に来たので本が読みたい。
2013/6/28 (金)
営業開始1250日 日本語単語帳

 ポカラに2度来ていただいたOさんと、クリシュナのアメリカン料理店のバイト先でお会いした。魚介類のスパゲティがおいしかった。クリシュナがお世話になっているたっちさんともお会いした。驚いたのは、店に入った瞬間、スタッフの方が「ナマステー!」とネパール語で挨拶してくださり、さらにお客さんであるOさんが「ナマステー! サンチャイチャ?(元気ですか?)」とネパール語で返事していたことだ。ナマステは覚えやすいが、サンチャイチャまで覚えていらっしゃるのにちょっと感動した。店を出るときにはスタッフの方が「フェリベトゥンラ(また会いましょう)」も言ってくださった。
 Oさんとはいろいろな話をさせていただいた。
2013/6/27 (木)
営業開始1249日 クリシュナはバイト、日本語単語帳

 クリシュナはバイト。私は日本語単語帳の入力・チェック作業。日本滞在中にも終わらないかも。
2013/6/26 (水)
営業開始1248日 クリシュナはバイト、日本語単語帳

クリシュナはバイト。私は日本語単語帳の入力・チェック作業。
2013/6/25 (火)
営業開始1247日 日本語単語帳

クリシュナはバイト休み。私は日本語単語帳の入力・チェック作業を続ける。
2013/6/24 (月)
営業開始1246日 日本語単語帳、クリシュナはバイト

クリシュナはバイト。
 私は日本語単語帳の入力・チェック作業。パソコンでCDを聴きながら作業をしているので、働きすぎでパソコンが疲れている。一方で単語帳の原稿データもどんどん溜まっていく。いつパソコンが壊れるかもしれないという不安もあり、データをバックアップしているが、CDROMなどだとすぐ容量がいっぱいになってしまうので、自分宛にメールを送ってそこにデータを添付し、WEBに保存しておくことにした。
2013/6/23 (日)
営業開始1245日 日本語単語帳、クリシュナはバイト

クリシュナはバイト。
私は日本語単語帳の入力・チェック作業。
夕方買い物に出て、スーパーを出たら激しい雨が降っていた。突然降り出したにも関わらず、みな傘を持っていた。私は持っていなかった。こういうとこ、ネパールの気候に慣れてしまったようだ。ネパールは降るときは2時間くらい降る、それ以外は急な雨というのはあんまりないから、傘を持って歩く習慣はない。
2013/6/22 (土)
営業開始1244日 日本語単語帳、クリシュナはバイト

クリシュナはバイト。今日は昼1時から夜10時までだった。
 私は日本語単語帳の入力・チェック作業。
2013/6/21 (金)
営業開始1243日 日本語単語帳、クリシュナはバイト

クリシュナは昼間だけバイトに行った。
私は日本語単語帳の入力・チェック作業。そしてコンサートを観に行った。
2013/6/20 (木)
営業開始1242日 日本語単語帳、クリシュナはバイト

クリシュナはバイト。
私は日本語単語帳の入力・チェック作業。
誕生日だった。母親がエビスビールを買ってくれた。
2013/6/19 (水)
営業開始1241日 日本語単語帳、クリシュナはバイト

クリシュナはバイト。
私は日本語単語帳の入力・チェック作業。
日本は湿気がある。ポカラではここまで汗をかかない。
パソコンを買い換えようか、迷っている。新聞で知ったが、来年ウィンドゥズXPのサポート作業が終了するそうだ。その時期まで待って買ったほうが安いかなあ?
2013/6/18 (火)
営業開始1240日 日本語単語帳

クリシュナのバイトは休み。近所のネパール料理店などに出かけていた。
私は日本語単語帳の入力・チェック作業。
夜、テレビを見る。気分転換になるものだなあと思う。ネパールではこういう娯楽がない。
2013/6/17 (月)
営業開始1239日 日本語単語帳 クリシュナはバイト

クリシュナはバイト。
私は日本語単語帳の入力・チェック作業をする。なかなか終わらない。5冊の辞書を使って、日本語、ネパール語、英語を合わせている。ものすごい頭を使って疲れているのか、あんまり運動していないのに、夜よく眠れる。全部で1万6000語くらいあるなか、4000語くらい終了した。ああ、あと1万2000語、と数を勘定してしまう。早く終わりたい、遊びたい、と思うが、やらなければ終わらないし。
2013/6/16 (日)
営業開始1238日 日本語単語帳 クリシュナはバイト

クリシュナはバイト。
私は日本語単語帳の入力・チェック作業をする。

ネパール・ポカラより日本のほうが暑い。確かに実感する。選挙運動の声がすぐ近所でする。拡声器を使わないで喋ればいいのに、と思う。
ポカラに来てくださった知人の方から電話をいただいた。
2013/6/15 (土)
営業開始1237日 日本語単語帳

高校時代からの親友に会う。ネパールでのいろーんな話、問題等を聞いてもらう。何でも話せるというのはありがたいことだ。日本の今の仕事、家族などの話を聞かせてもらうと、それも身につまされる。
「ネパールと日本、どっちがいいですか?」
よくお客さんに聞かれることだが、正直、五分五分のように思う。ネパールに骨をうずめるまで頑張る、とまで気張るものでもないだろうし、かといって、日本の20年、30年後も不透明。両方でうまくやっていく道をなんとか考えたいものだ。
2013/6/14 (金)
営業開始1235日目 日本語単語帳

午前中に髪を切りに行った。ネパールでは髪を切ってない。髪型がカタログで選べて、雰囲気の変化を楽しめる。良いものだと思う。

クリシュナのバイトは今日は休みだった。
夕方銭湯に行った。これもネパールにはないので楽しかった。
2013/6/13 (木)
営業開始1235日 日本語単語帳 クリシュナはバイト

今日も雨。日本海側は35度を超えているという。
私は日本語単語帳。クリシュナはバイト。

数ヶ月前に宿泊されてカードで現金が引き落とせず、帰国後銀行振り込みするということになったお客さんからの振込みが確認できた。いろんな意味でホッとした。
本気で日本での振込みの方法を検討しないといけない。
2013/6/12 (水)
営業開始1234日目 日本語単語帳 クリシュナはバイト

昨日、ポカラの「ロンリーゲストハウス」の社長に電話し、うちの前の道路の舗装工事の状況について聞いた。私たちがポカラを出て以来、ずっと雨で、工事はほとんど進んでいないという。一時帰国中に工事が終わって、帰ったころには道がきれいになっていればいいな、と思っているが、そうもいかないか。
やっぱり雨季は仕事になんないのかな。観光にも厳しい条件となるので、やっぱ雨季は帰国してて正解かな、とも思うのだが。

日本語単語帳。クリシュナはバイト。
2013/6/11 (火)
営業開始1233日 日本語単語帳

クリシュナは今日はバイトは休み。晩御飯は近所の居酒屋に行った。

空梅雨で、久々に雨が降った。
日本語単語帳。
2013/6/10 (月)
営業開始1232日 日本語単語帳 クリシュナはバイト

午前中、ネットでオーダーしていたプリンターのインキが届いた。プリンター自体、しばらく使っていなかったらしいので、壊れているんじゃないか、安いインキで本当に大丈夫なのか、心配したが、なんの問題もなく使えた。最初、印刷にすじが入ったり、指定していない色が混じったりした。マニュアルが手元にないので、電話でメーカーに問い合わせ、クリーニングのやりかたを教わった。その通りにしてみると、うまくいった。これからパソコン系のものはネットで買うことにしよう。ネパールにも持って帰ろう。
プリンターで父親の一周忌の案内を作る。

日本語単語帳。クリシュナはバイト。
2013/6/9 (日)
営業開始1231日 日本語単語帳 クリシュナはバイト

母と妹は野球観戦に行った。
その間、愛犬レオのそばにいて日本語単語帳の入力・チェック作業をする。レオは手術したばかりなので、傷口をひっかかないように見ていないといけない。

クリシュナはバイトに行った。
2013/6/8 (土)
営業開始1230日 日本語単語帳 クリシュナはバイト

愛犬レオが手術した箇所の抜糸をした。獣医さんがきてくれて、数分で済んだが、レオはカタカタと震えていてかわいそうだった。が、とくに問題はなく処置が終わりほっとした。
父親の一周忌の案内はがきを自宅でプリンターで印刷することにした。妹がしばらく使っていなかったというプリンターを持ってきて、新しいブラックのインクのカートリッジを買ってきてくれたが、ほかの色のインクもなくなっていてプリンターが作動しない。この足らない色のインクを買いに行くが、品薄で手に入らないか、馬鹿高い。3500円くらいする。だいたいプリンターは色印刷なんてめったにしないのに、インクが高い。純正品でなくていいと思っても、キャノンのはあるがエプソンはなかった。結局インターネットで買うことにした。580円だった。
2013/6/7 (金)
営業開始1229日 日本語単語帳

クリシュナは今日はバイトが休みだった。知り合いのネパール料理店などにでかけていった。

私は日本語単語帳の入力・チェック作業を続けている。
2013/6/6 (木)
営業開始1228日 日本語単語帳 クリシュナはバイト

クリシュナはバイトに行く。

私は日本語単語帳の入力・チェック作業を続ける。日本にいる間に読みたい本があるが、まだその時間がない。
2013/6/5 (水)
営業開始1227日 日本語単語帳 クリシュナはバイト

クリシュナは今日からバイトに行き始めた。朝9時半ころでて夜11時少し前に戻ってきた。以前と違和感なくやれたそうだ。

日本語単語帳の入力・チェック作業を続ける。
2013/6/4 (火)
営業開始1226日 日本語単語帳

クリシュナがバイトすることが決まり、その際、役所への転入届が必要なのかを役所に聞きに行く。結果は不要とのことだった。1月1日時点で住んでいるのか、否かによるのだそうだ。そういうものなのかと思った。
バイトで使う靴やシャツなどを買いに行った。

日本語単語帳の入力・チェック作業。

ゲストハウスに宿泊されたお客さんのなかで、現金が足らなくなってしまいカードの引き落としもできなかったとかで、宿代などを日本の私の銀行口座に振り込むことになった方が2組いた。通帳記入し、入金の状況を確認した。1人の方からは振り込まれており、もうお1人はまだだった。こちらから連絡してから振り込んでください、と私が言ったような気がするが、何しろ催促のメールはあまりしたいものではない。お客さんのためにもなんか良い方法を考えないと。
2013/6/3 (月)
営業開始1225日 日本語単語帳

肌寒い陽気。日が出ると刺すように日差しが強い。

日本語単語帳の入力。チェック作業をした。
使えなかったネット接続、妹のだんなさんが来て、見てくれた。つながるようになった。

クリシュナはかつての職場に行き、パートタイマーの面接をしてきた。お世話になった店長さんとも再会できたと喜んでいた。面接はうまくいき、明後日から予定では帰国中の期間、働かせてもらうことになった。
2013/6/2 (sun)
営業開始1224日 日本語単語帳

日本語単語帳の入力・チェック作業をする。

都議選の関係で、うちの近所でも選挙演説、応援演説が行われている。今日の午後、うちのすぐそばの大型スーパーの前に、民主党の元大臣、蓮ほうさんが応援演説に来ていた。無駄をなくすということを訴えていた。ああ、確かにネパールには無駄なODAの投資のされ方もあって、日ごろからこんな税金の使い方してていいのかな、と思っていた。おおいにやってもらいたい。「がんばってください」と握手してしまった。
2013/6/1 (Sat)
営業開始1223日

日中は日本語単語帳の入力、チェック作業。

夜は妹に録画してもらってあったフィギュアスケート世界選手権のビデオを見る。
2013/5/31 (金)
営業開始1222日

ネパールから持ってきた月桂樹の葉を干したりした。

クリシュナは以前の職場のバイト、月曜5時に面接を決めてきた。

愛犬レオは検査の結果、できものは悪性ではなかった。ほっとした。
2013/5/29(水)、30 (木)
営業開始1220、1221日

数時間いすで寝て、朝5時に飛行機のカウンターにチェックイン。今回は成田まで荷物を預けられた。チケットも成田までのを出してくれた。
朝7時半ころ昆明発、10時過ぎに上海着。上海は、昆明の係員のように手際が悪くなく、その分愛想のない態度で、トランジットの場所を通過。17時の成田行きを待つ。ここに来ると、日本人の姿が多くなる。今回の機内食もおかゆとトマトなどだった。空港で食事をすることにした。昨年の「ジェットエア」は2、3万円高かったが、食事はよかった。味も量もよかった。それに比べたら、かなり落ちる気がした。
両替をしようとしたら、1回につき60円の手数料がかかるという。1ドル5.9円くらいだから、10ドルの両替ではすべて手数料になってしまうってことか。それを窓口の人が教えてくれて、結局、両替はせず、食堂でドルでそのまま払った。韓国料理屋のチゲ鍋みたいなのが35円(6ドル)だった。これはおいしかった。日本料理もあったが、韓国料理より10円くらい高かった。前回旅行したときの中国円が5円くらい残っていたので、それでミネラルウォーターを1本買った。1本3円くらいだった。自動販売機は1円はコイン、紙幣は5円、10円以上しか使えなかった。
成田行きの飛行機、ゲートが4回も変わった。あっちに行かされ、こっちに行かされ、しかも1時間遅れた。
17時発予定が18時半発となり、成田に着いたのは22時近かった。電車あるのかな? と不安になったが、22時15分各駅上野行き、46分通勤特急上野行きが最終だった。23時台は津田沼止まりだった。
24時過ぎに自宅に到着した。


日中はポカラのほうが暑いが、夕方はポカラと東京は同じくらいの気温に感じた。

クリシュナは前の職場に顔を出しに行った。私はネットがつながるかどうかなどをやってみる。日本の実家でも最近、ワイヤーレスにしたという。ところがこれが私のパソコンでは接続ならない。さすがに寿命で壊れたのか、それとも設定ができてないのか。

ゴールデンウィークに来て、デジカメを忘れていったお客さんから、返送用のレターパックが届いており、そこにデジカメを入れ、さっそく返送した。
また、持ってきた現金を銀行に入れた。
2013/5/28 (火)
営業開始1219日目

朝遅めに起き、10時に少しお土産を見て、「ムスタンタカリチュロ」にダルバートを食べに行く。
12時少し前、タクシーで空港へ(500ルピー)。今回は中国東方航空を使う。同じ便で日本に向かうネパール人が数人いた。空港はあまりこんでいなかった。特に外国人は少なかった。私は、案の定イミグレーションを通過する際、「再入国許可証はないのか?」と怪訝そうな顔をされたが、「イミグレーションでそれは聞いてある。今回日本滞在中に結婚ビザの期限が過ぎてしまうので、次回の入国は観光ビザをいったん取って、改めて結婚ビザを取得すればいい、と言われた」というと、ほかの2人の役人に確認して、彼らは「そお、それでいいんですよ」とのことだった。案外良心的なシステムになってるんだと知った。
カトマンズ発、昆明行き飛行機はほぼ定刻どおりに、16時過ぎに出発。到着も21時過ぎで遅れはなかった。昆明は新しい空港で、建物はきれいだった。
中国では空港内でも、いったん入国審査みたいなところを通過しなければならない。私は、簡単に済んだが、私以外の外国人はみな、パスポートの確認でほかに場所で待機させられていた。ヨーロッパ人も、ネパール人も。そこで30分くらいクリシュナも待った。日本人だけが優遇されてるのかな?
そこをやっと通過して荷物を持ち、出口に出る(トランジットでも荷物をいったん受け取らないといけない)。もう22時。一緒にいたネパール人の1人が、躍起になって「私たちは明日の朝のフライトまでどこで待てばいいんですか?」と係員の女性に英語で尋ねる。私はうちのお客さんたちから、「空港内のソファーで寝て待てる」と聞いていたので、そおすればいいと思っていたが、ほかの外国人は困惑していた。昆明の空港の人たちは、みな若くてあまり英語がしゃべれなかった。人がすれてなくて、感覚的にはネパールの村の人に近かった。ネパール人は英語は当たり前のようにしゃべるから、彼らにいろいろ聞くが、彼らははにかんでいて、うまく答えられずに困っていた。案内窓口で一応英語ができる人がいたが、その人もあまり要領を得なかった。躍起になって尋ねていたネパール人はあきれたような表情をしていて、なんだか中国の係員が気の毒だった。なんとか、クリシュナが「3階に一晩過ごせるところがある」と聞き出し、そこに行った。
なんのことはない、3階まで行ってしまえば、ソファーもたっぷりあったし、エレベーターで地下まで行ったりきたり自由にできた。24時間やっているケンタッキーなどのハンバーガー屋もあった。でも、ほとんどの店は閉まっていた。アルコール類を売る店はなく、自動販売機もなかった。カトマンズ発の機内食でもアルコールはなく、豚肉入りの麺類くらいだった。正直、お腹には足りなかった。
明日の朝5時の飛行機のチェックインまではまだたっぷり時間があったので、空港内を見てまわった。もう24時なのに、1階フロアーにはホテルの客引きがいた。「明日の朝の飛行機? それならまだ5時間ある。ホテルまでの行き帰りの交通費、1部屋代で260円(中国円)でいいよ」という。まだ物価が把握できてないので、高いのか安いのかわからなかったが、結局何人にも声をかけられ、一番安いのは同じ条件で125円だった。それなら1泊20ドルくらいってことか? それなら思ったほどは高くないのかもしれない。もっと立派なホテルがあって、そこは日本円で1万円くらいと聞いていたから。まあ、帰国便の際には調べてうまく利用することにしよう。
日本人である私には1泊泊まるくらいならビザは現在不要らしい。が、ネパール人にはビザの取得が必要となる。出国の前に、お客さんに教えてもらったり、中国東方航空に問い合わせた。それによると、「空港を出ず、24時間を超えないなら、ビザは不要」とのことだった。それでビザは取得してこなかった。
実際、ここに来てみると、私には「入」のスタンプが押され、クリシュナには「時間を限ってのステイ(STAY)」という別のスタンプが押されていた。たばこをすう場所が空港の出入り口の外にあって、クリシュナはそこでたばこを吸っていた。ガードマンには何も言われない。これなら、クリシュナも普通に外に出てしまえるのではないか、と思った。とてもおおらかだった。クリシュナは「中国に入れた!」と喜んでいた。
2013/5/27 (月)
営業開始1218日

朝遅めに起き、10時に「RDN出版」のデペンドラさんに会いに行く。時事用語の表記に迷っていて、相談する。日本にいる3か月の間に、私がほぼ入力、チェック作業を終了させ、どうしてもわからない言葉は空欄にしておき、後で相談ということになった。

その後、イミグレーションに行く。私が日本滞在中に、ネパールでの結婚ビザの有効期限が過ぎてしまう。どうしたらいいか、と聞きにきた。尋ねたところによると、またネパールに戻るときは短期の観光ビザで入って、あらためて結婚ビザを申請すればいいとのことだった。更新も新たに申請もやり方は同じという。多分そうだろうと知ってはいたが、念のため確認に来た。じゃあ、今から結婚ビザの申請だけしておいてもいいですか?と尋ねたら「早すぎるので、それはダメ」と、これも規則どおりだった。
ここでポカラの友人とだんなさんに会った。彼らも結婚ビザの延長手続きに来ていた。彼らは急いでいて、今日申請し、今日中に取得し、また飛行機でポカラに戻りたいという。なかなか手続きしてくれないことにヤキモキしていた。
カンティパットで、「サジャ ヤタヤタ」のバスを見た。新聞で読んだところでは、このバスはネパールの有名な役者が始めたもので、これまでなかったカランキ⇔空港までをつなぐ。全自動ドアの新型バスで、市民は喜んだが、地元のタクシーなどがこれに反対した。いったん反対運動に押されそうになったようだが、今日実際走っているのを見た。今度使ってみたい。
2013/5/26 (日)
営業開始1217日

朝5時起床、残っている日本米と梅干でおにぎりを作る。

部屋の戸締りを確認し、7時過ぎに出発。見張り番のバジ(おじさん)は6時半に来てくれた。昨年、見張り番を頼んだときに玄関に蚊帳を張って寝ていたが、クリシュナはそれがホテルとしてはちょっと見た目が悪いので止めてほしい、と頼んでいた(私はそれくらい良いんじゃないかと思ってるが)。タクシーは友達のニルマルさんが来てくれた。2人にナマステで見送られてポカラを出た。
バスはいつもの「ホリデイ」という会社のツーリストバス。ちょっと出発が遅れ、7時40分に出た。今日も雨が降っている。蒸し暑い。途中の休憩所で今朝作ったおにぎりを食べた。おいしかった。隣に座っていたネパール人の年配の女性に「それは何の食べ物?」と尋ねられた。「米を丸めて、中に漬物などを入れたものですよ」と言うと「新しい食べ物ね!」という。「いや、そんなことない日本でよくあるものですよ」「へえ、良いアイデアね、私も作り方を習いたいわ」と言っていた。
バスは新車になっていた。私たちには以前と同じ料金にしてくれたのだが、車もサービスも断然良くなっていた。まず走り出すとミネラルウォーターが1人1本配られた。そしてその後クーラーがついた。ネパールのバスでクーラーは私は初めてだった。でも、寒すぎた。私はもともとクーラーが大の苦手なので、即座に調整つまみで風が来ないようにした。すると、コンダクターの男の子が来て、「止めないでください」という。「でも、クーラーが好きじゃないんですよ」とクリシュナが言うと、「クーラーは嫌いになるもんじゃありませんよ」ともとに戻されてしまった。でも、ほかのネパール人も含めて寒すぎたのか、みな止めて「寒い」と言い出した。やがてクーラーは消された。
16時ころタメルに着き、いつもの「オムタラゲストハウス」に入った。
最近の新聞で読んで知っていたが、有名な「カトマンズゲストハウス」の近くにある、書店「ピルグリムス書店」が火事で全焼していた。実際に前を通ると、1階のすべては焦げた書物の残骸だった。あんなに種々の本があったのに、すべては灰になっていた。図書館のないこの国では、ここは貴重な本の宝庫だったのに・・・。残念だ。
2013/5/25 (土)
営業開始1216日 日本語単語帳

クリシュナはお母さんのサラダ(法事)に行き、夕方帰ってきた。
私は明日ポカラを出るための準備をする。
日本に帰るにあたっては、特に大きな荷物はない。寝具を袋にまとめ、1部屋に集めた。虫がつかないように防虫剤を入れた。

日本の我が家の愛犬レオができものができ、その手術をした。手術自体はうまくいき、摘出したものの検査の結果は1週間後とのことだった。手術の無事終了はひとまずよかった。
2013/5/24 (金)
営業開始1215日 日本語単語帳 

クリシュナはお母さんの明日の法事(サラダ)のために実家に帰った。本当は私も行ったほうがいいのだが、明後日ポカラを出て日本へ帰国。いろいろな用事があるので、私は家にいることにした。ただ、サラダ前日の今日は食事は夜1食だけにするものというので、私も朝から何も食せず、夜になってダルバートを作って食べた。

日本語文化センターに借りていた本を返しに行った。

ゼロキロメーターの近くの写真屋に行き、顔写真の焼き増しをしてもらった。ここはアイデアが進んでいて、1度写真を撮影したらお店の名刺にその写真のナンバーもプリントしてくれて、そのナンバーさえ言えば焼き増し(再プリント)をしてくれる。今日も待たずに用意して待っていてくれた。80ルピー。

蒸し暑くなった。
2013/5/23 (木)
営業開始1214日 日本語単語帳

曇り、雨。最近夕方になって晴れるパターンが続いている。

ネットがつながるようになって、ブログをまとめて更新したが、トレッキングのところ(5月16,17、18日)はなるべく読んで欲しいので、それ以降のアップを控えている。レイクサイドからもパンチャッセが見える。ああ、やっぱり山の村はよかったなあ、と思う。ゴミはないし、空気もきれい、車の騒音もない。ネパールに来たら、カトマンズだけで帰ったら絶対ダメだ。全然別世界だもの。

マチャプチャレ銀行で預けていたお金を下ろし、日本円に換金した。
2013/5/22 (水)
営業開始1213日 日本語単語帳

曇天。気温もそんなに高くない。例年より涼しい気がする。いつも3月には夏の気候なのに、今年はお客さんはほとんど扇風機を使わなかった。

日本語単語帳の入力作業をする。

もう帰国前にやっておくべきことはあらかた済んだ。在住の日本人の知人に食べ切れなかった梅干をあげたら、とても喜んでくれた。
2013/5/21 (火)
営業開始1212日 日本語単語帳

朝7時、隣のご主人、ロンリーの社長が来て、道の舗装のための水道管の接続、昨日切れてしまった電話線の接続をやってくれた。電話会社に修理の連絡を取っていたが、それよりも早く近所の協力で直ってしまった。こういうところ、ネパールの人たちはすごい。
電話はつながるようになったが、ネットがつながらない。切れてしまったことと関係あるのかどうか。でも、夕方になったら普通につながった。やっとブログの更新ができた。

チョウキダール(見張り番)を頼む予定のバジが、いつだか私が貸した50ルピーを返しにきた。
2013/5/20 (月)
営業開始1211日 日本語単語帳

曇天。日中に雨が降った。

昼ごろから突然電話とネットがつながらなくなった。クリシュナは外に出てしまっていて、連絡を取ろうにも取れない。もう1つの無線電話UTLはしばらく使ってなかったので、プリペイドの期限が過ぎてしまっていた。新たにカードを買ってお金を入れないと使えない。どうしていいかわからず、困った。18時ころまで待って、玄関を閉めてUTLの料金カードを買いに行くと、その近くにたまたまクリシュナがいた。急いで家に帰り、電話の状況を確認しに行くと、昼間にここを通ったコンクリートミキサーの車が電話線にぶつかり切ってしまったという。うちともう1軒の家がそうなっていた。ロンリーの家の電話を借りて、修理の申し込みをする。NTC(電電公社)の電話からかけると、自動音声の修理申し込みができる。
その後、切れてしまった電話線をそのままそこにおきっぱなしにするのは危ないというので、その近所の家の中に置いてもらい、明日以降の修理を待つことにした。なんてツイてないんだろ。
2013/5/19 (日)
営業開始1210日 

トレッキングから帰るとしばらくぽぉーっとしてしまう。日常を離れる。やっぱり楽しいものだ。筋肉痛はならなかった。蛭を心配したが、それも大丈夫だった。すねに1匹食い付かれたが、血は吸われなかった。ガイドさんによれば、蛭が吸う血は、汚い血なのだそうだ。だから村人は健康だという。

日本一時帰国までカウントダウンとなり、今日は役所周りをした。水、電気、電話の役所に行き、不在の間の3か月分を払う。一時停止というのはできないらしく、基本料金は払わないといけないが、まとめて先払いすると割り引き制度があって、そんなにソンした気はしない。多めに払っておけば、次回の料金はそこから引いてくれるのだそうだ。この用事が終わってすっきりした。

道の舗装工事。水道のパイプを直すことになり、またこれに1万ルピーくらいかかるらしい。トレッキングでけっこうお金を使ってしまったのに、いい加減にしてくれ。

朝は雨。のち晴れ。完全に雨季だ。ヒマラヤは少ししか見えない。
2013/5/18 (土)
営業開始1209日 トレッキング

4時半起床。今朝もヒマラヤはあまり見えなかった。天気は良く暑くなりそうだ。

今朝もヒエのパンケーキを食べる。ミント茶も美味しい。
宿に絵を描いていった外国人がいたらしく、素晴らしいアートになっていた。詩もあって、「マチャプチャレ」という母が「アンナプルナ」という息子を抱きかかえているように見えるという。「MACHHA PUCHHRE」はネパール語では「MACHHA(魚) PUCHHRE(しっぽ)」という意味だが「MATA(母) PUTRA(息子)」の意味もある、と書いてあった。

7時半出発。お会計、宿代は300ルピー、ダルバートは250ルピーだった(シーズンオフなどの理由で通常より少し安くしてくれている)。ビールは1本400ルピーとポカラより高い。
帰りは下る一方で楽だった。のどかな村を通っていく。フェワ湖のかなり上流で、水が本当に澄んできれいだった。降りて街に近づくごとにごみが増えていく。キャンプ場というのもあった。テント持参で、場所代、200,300ルピーを払い、飲食は頼めば作ってもらえるらしい。宿の建設費が要らない、巧いやりかたの気もするが、どうかな?
かなり下ったところで、振り返るとパンチャッセ、BHADAUREは相当、峰高い。「あれ全部歩いたんですか?」とガイドさんに尋ねると、「そお、全部周った」とのことだった。
11時11分、ポカラ行きのバスの発着場のガテチナ着。またクリシュナの野イチゴタイムがあったので、時間がかかったが、私たちはまあまあ早い方らしい。
フェワ湖の一番端っこからバスに乗って(1人55ルピー)、12時45分レイクサイドに戻ってきた。
ガイドのディパックさんは良いガイドだった。良い経験になった。

家に戻ると、道の舗装工事でまたもめていた。
2013/5/21 (Tue)
営業開始1208日 トレッキング

朝5時過ぎに日の出鑑賞のため、展望台まで行く。昨日のフランス人カップルも一緒だった。
この展望台までの1時間の急な昇り。これはきつかった。私はどうも歩き始めが苦手らしい。寝起きで1時間の昇り。相当息がきつかった。天気が悪く、ヒマラヤもほとんど見えなかった。
この後、ヒンドゥー教のお寺2つに行った。そして宿に戻る。山が見えなくては意味がないので、もう1泊することにした。
朝ごはんのヒエのパンケーキを食べていると、昨日酔っ払ってこなかったガイドがやってきた。結局酔っ払ったまま、道で寝ていたらしい。うちのガイドさんが戒めながらも事情を聞いてやっていたが、さすがにバツが悪そうにしていた。さらに夜になって、また違うガイドが来て、この道で酔っ払っていたガイドを助けたという話を聞いた。夜の12時に助けに行ったが、「どうしてもここで寝る」と言ってきかない。夜中の3時に行ってようやくホテルに連れ帰ったという。体中、牛の糞などがついていたので、水で流してやったとのことだった。朝になってもまだ正気でないので、さらに1杯飲ませて(迎え酒?)、立ち直らせたとのことだった。
フランス人のお客さんはもう自分たちだけで下山をしようとしていたが、ガイドが現れたので、一緒に帰っていった。「問題ないわ。元気になった?」などと言っていた。ヨーロッパ人というのは大人だな、と思った。結局、このガイドを紹介したトレッキング会社にも一言の苦情も言わなかったらしい。ディパックさんが電話で話したところによれば、酔っ払ったガイドは「ああ、何の問題もなく、とても喜んでいたよ」と言ったらしい。額面どおりに受け取ってどうするんだと思う。喜んでるわけないだろう。ガイドとのトラブルはよく聞くが、本当にここまであるんだな、と思った。

朝食後、山歩きに出た。パンチャッセというのは5つの頂があり、そこにお寺が建っている。奥に池とお寺もある。ここを歩いて周る。いわゆる巡礼の聖地。そういう意味をあまり理解せずに来てしまい、やたらとアップダウンがあってきついな、と思っていた。ガイドさんが「これで5つの頂を周ったよね」と言うので、意味がわかった。2800mの高地で何度もアップダウンがあるので、ゴレパニトレッキングよりもきつい気がした。池とお寺は日本の庭園のような風情があった。この池は神聖で、落ち葉があると鳥がかたづけるためにやってくる、水の量の増減がない、などの伝説がある。ここの魚を採ってはいけない。ごみも捨ててはいけない。参拝者はこの周りに麦とかとうもろこしの種を持ってきて、撒いていくのだそうだ。
1つのお寺と展望台の近くには宿泊施設もあったが、管理人が不在でわざわざ遠くの村から来させるのもどうかと思い宿泊は断念した。

クリシュナはまだ途中の道で野イチゴを摘んでいたので、時間がかかったが、14時に宿に戻った。その後は大雨となった。ただ、雨雲がさーっと引き、本当にわずかの時間、ヒマラヤが見えた。かなり山は大きく見えた。でも、この光景もまたすごいな、と思ったが、山の上の方から白い雲がすーっと降りてきて、周囲を囲んだと思ったら、あっという間に正面の上空が真っ暗になって、また大雨となった。

大雨のなか、1人のフランス人男性がやってきた。この人は所持金が235ルピー(200円ちょっと)しかないのだそうだ。30歳くらいで、そんなに身なりが悪いわけではない。ポカラをお金を持たずに出て、途中の村で村人が「ただで魚や肉をくれた」と喜んでいた。あまりにみすぼらしいので、宿の人が着替えの服を貸し、クリシュナはインスタントラーメンを、ガイドさんがダルバートを“恵んで”いた。「ダンネバード(ありがとう)」と合掌していた。外人の私には話づらそうにしていたが。
宿の人が、こういう外国人がよくくる、と言って嘆いていた。このフランス人も言っていたが、「働いて返す」と言うのだそうだ。無碍にもできないので、頼まなくてもいい様な仕事を無理やり作ってやらせる。日本人で大麻中毒の人が来て、夜中に頂のお寺に行ってしまったり、庭に寝っころがって、ずっと笑ってる。「あれじゃ生きてるのか死んでるのかわからない」と宿のお姉さんが言っていた。聞いてて恥ずかしい。ここは許可証やTIMSの要るトレッキングエリアではないから、ヤバイ人が来やすいのかもしれないが、地元の人には迷惑な話だ。

晩御飯は今日もダルバート。宿のグルン民族のお姉さんたちと話が盛り上がる。「バウン(ネパールの高位カースト。クリシュナもこのバウン)の男は働かないっていうよ」とお姉さんが冗談を言い、私も「そおだよ、彼らは“ツチェ(鼻が高い人。グルンのようなモンゴル系民族がバウンを嘲った言い方)”だからね!」と応じると、大受けだった。
2013/5/16 (木)
営業開始1207日 トレッキング

朝6時に起き、朝ごはんを済ませ、9時過ぎに出発。ガイドはディパックさんにお願いした。ディパックさんはうちの裏に住んでいて、40歳半ば、親分肌の人で、いろんなガイドを紹介してくれる。今日これから行くパンチャッセというコースも彼が提案してくれたものだった。
登山口カンデへ行くバスに乗るために、バグルンバスパークまでタクシーで行く(230ルピー)。その車中、ガイドのディパックさんの携帯が2回ほど鳴った。たったいま、ポカラ発ジョムソン行きの飛行機が落ちたという。知り合いがディパックさんの無事を確認しようと電話してきたのだ。
私たちがこれから行くコースは飛行機は乗らないが、ジョムソンは長い移動をバスでするか、飛行機だ。この飛行機は昨年のゴールデンウィークにも落ちた。「またか」とため息がでる。季節の変わり目のこの時季は、飛行機の運航も不安定だ。あとで知った情報では死者はなかったとのことで、それは幸いだったが、乗客は日本人だったようで、他人事ではない。

バグルンバスパークには9時25分着。しばらくバスを待ち、9時45分にバスが出る。カンデまで1人65ルピー、11時に着。ここで水を買い、トイレを借りる。最初の登り10分くらい、これが異常に疲れた。ガイドさんとクリシュナは慣れてるから早い。それに着いていこうとして、息が切れた。でもしばらく歩いたら平坦な道になり楽になった。12時40分に途中の集落BHADAURE着。ガイドさんは雨が降り出すのを気にして、先を急いでいた。雨が降ると蛭も出る。
この近くの1軒の店でディパックさんが知り合いのガイドに会う。ヨーロッパ人のお客さんと来ていた。私たちもこのガイドにずいぶん前1回仕事を頼んだが、お客さんに「良くなかった」と言われ、この人自身も「日本人のガイドなんてやるモンじゃないね」とまで言っていたので、もう頼んでいなかった。
途中の道にたくさん野イチゴがなっていて、クリシュナは「子どものころ食べた! 懐かしい」と言って、あちこちで採り出す。オレンジ色でたしかに美味しい。でも、このクリシュナの野イチゴ摘みのおかげでだいぶ時間を使った。途中で雨が降り、ガイドさんは頭からすっぽりビニール袋を被っていた。幸い雨はすぐに止んだ。
15時。パンチャッセのホテルがあるバンジャンに着いた。天気は悪く、曇り空、雨が上がって後、少しダウラギリ、アンナプルナサウス、マチャプチャレが見えた。
宿は3軒あった。1軒はグルン民族の3人姉妹がやっているところ、あと2軒あったが、たまたま主人がいなかった。3人姉妹のところにした。部屋はとてもきれいだった。バケツの水で汗を流したが、寒かった。
さきほどBHADAUREで会ったガイドとヨーロッパ人のカップル。なぜかカップルだけが到着した。クリシュナが話を聞いたところ、一緒にいたガイドは酒を飲んで酔っ払ってしまい、そこで寝てしまったという。お客さんがどんなに先へ行こうと促しても、応じなかったので、お客さん2人でやっとここに着いたのだそうだ。ディパックさんは良い人で、「彼はそんなこと普段はしないんだけど」とずっとかばい、「途中の道で熊にでも遭ったんじゃないか」と心配していたが、ガイドに電話がつながってみると、かなりベロンベロンだったようだ。
カップルのお客さんと晩御飯を同席した。30歳行ってないくらいのフランス人だった。ポカラでもけっこう良いホテルに泊まっているらしく、爽やかな良い人たちだった。居丈高にガイドをあしらうような感じではない。酒もビールをちょっと飲んだくらいだった。途中で酔っ払ったガイドについてはあきれているようだった。
ダルバートを食べ、地酒ジャイカテを飲む。ダルバートはギウ(塩をいれないバターのようなもの)をたっぷり使っていた。かまどのある部屋にいると、近所の青年などがお茶を飲みに来た。リラックスしたとても良い時間だった。クリシュナも気分が良いらしく、フランス人のお客さんとビールが進んでいた。
トイレは屋外にあり、これがちょっと不便だった。電気がないから、夜中に起きて1人で行けない。クリシュナにつきあってもらい、一緒に行く。夜は星がきれい、ここから眺めるフェワ湖の向こうの明かりもきれいだった。
明日はヒマラヤが見えるだろうか。
2013/5/15 (水)
営業開始1206日 日本語単語帳

トレッキングに行くため、靴を買いに行く。レンタルでもいいかと思ったが、1日120ルピーという。買取にすれば1500ルピーという。それなら買ったほうがいいか、と思うが、最初の店は靴があまりよくなかったので、やめた。日本製のナイキと言っていたが、かなり使い古されていた。次にクリシュナの知り合いの店に行くと、さきほどの店の靴より数段良い靴だった。スニーカーではなく、登山靴だった。値段は同じ1500ルピー。一応もう1軒行くと、そこは新品ばかり置いていて、良いものは4000ルピーとかだった。まけてはくれるかもしれないが、それならさっきの1500ルピーがいいと考え、結局これを買った。
知り合いのガイドのスベリさんのトレッキング店で靴下も買う。叩きつけるような雨のなか、スベリさんは親戚が入院しているとかで、お弁当を届けるために(ネパールの病院は食事を出すシステムがない)、レインコートを着て、自転車で出かけていった。ネパールの人って、大変なことも嫌な顔1つせずにやるんだな、と心うたれた。
2013/5/14 (火)
営業開始1205日 日本語単語帳

今朝はヒマラヤがとてもきれいだった。空気も爽やか。良い天気だった。

ひたすら日本語単語帳。先が長い。

この暇な時間を使って、トレッキングコースの下見に行ってこよう、と思っている。まだ、トレッキング許可証の要らない、新しいコース。そう考え、壊れた靴を修理しにでかけた。レイクサイドのメインの路上で、インド人の職人たちが店を広げている。ところが、最近路上での販売が不法になり、役所の取り決めで撤去された。プリティビチョークやトプレドゥンガの八百屋の露天もなくなり、安く買えるところがなくなって困っている、と言っている人がいた。今日の私もそうだ。靴の修理屋がなくなった。結局、持って出た靴をそのまま持って帰ってきた。必要悪というのだろうか。
2013/5/13 (月)
営業開始1204日 日本語単語帳

今朝はヒマラヤがきれいだった。久々に夜の星もきれいだった。

11月の予約のメールをいただいた。「どうしても空ゲストハウスに泊まりたい」と書いてくださっていた。
4月に来てくださったお客さんからメールをいただたいた。5000m級のトレッキングをした影響か、やや体調不良とのこと。ご自愛いただきたい。
2013/5/12 (日)
営業開始1203日 日本語単語帳

今朝も曇天だったが、午後雪山のようなヒマラヤが見えた。久々に見ると、やっぱりその神々しさを感じる。でも、もう雨季には入ったみたいだ。晴天は続かない。

日本語単語帳の今はチェック作業をしている。3つの辞書を照らし合わせて、合っていればOKとし、違えば入力しなおす。これをひととおり終えたら、プリントアウトして、クリシュナやネパール人の誰かにチェックしてもらおうと思っている。もう帰国前に終えるという計画はすっかり無理となった。日本に持ち帰るしかない。日本にいる間にやることになった。重たい辞書をいっぱい持って帰らないといけない。
2013/5/11 (土)
営業開始1202日 日本語単語帳

今日は日差しが強かったが、それでもヒマラヤは見えなかった。

クリシュナはお姉さんの村シャングジャに行ってしまい、私1人なので、朝ごはんのダルバートは作らず、残った米でチャーハン、インスタントの味噌汁で済ませた。ダルバートは作るのに2時間近くかかるので、1人分だと「まあ、いっか」となってしまう。

クリシュナは村に行ったものの、結局目的だったウコンは買ってこなかった。生のはなく、干したものだけだったという。それでもいいから買ってきてほしかった。
2013/5/10 (金)
営業開始1201日 日本語単語帳

今日も朝から曇天、激しい夕立。ヒマラヤが見えないのも、普通に思えてきた。

風邪をひいた。クリシュナがひいていた風邪がうつった。この国は風邪がうつりやすい。

クリシュナはお姉さんの家に泊りがけで遊びに行った。ウコンの畑から生のウコンや種を買ってくるといっている。日本ではウコンはかなり高い健康食品のようだが、ここでは畑でいっぱい作っていたりするらしい。

近所のホテルのご主人が水のタンクのところから落っこちて、けがをした。近所の人みなで、病院に駆けつけていた。クリシュナもみなと一緒にでかけていった。点滴されていたらしいが、幸い、打ち身とあざで済んだようだ。

夜は早く寝た。
2013/5/9 (木)
営業開始1200日 日本語単語帳

お客さんは朝7時前に出発された。

今日も朝から曇り、午後は雨。もう雨季に入ったのかもしれない。全然ヒマラヤは見えていない。

来週、邦人安全確認のための無線機設置で、日本大使館の方が宿泊に来る予定だったが、いまカトマンズではストライキなどが起こっているそうで、延期となった。ポカラでは何の問題も起こっていないのだが。

ゴールデンウィークも終わり、今シーズンも終了の気配となった。
2013/5/8 (水)
営業開始1199日 宿泊のお客さん 日本語単語帳

お客さんは引き続き宿泊されているが、ヒマラヤはまったく見えていない。もう雨季に突入したのか?
お客さんがカードでお金を下ろせなかったとのことで、うちの宿代、バス代などはつけにし、また、現金5000円をお貸しした。日本の銀行に振り込んでいただくことになった。

日本語単語帳の作業を続けている。
2013/5/7 (火)
営業開始1198日 宿泊のお客さん 日本語単語帳

若い女性のお客さんは昼ごろチェックアウトされた。3泊もしてくださったのに、1度もヒマラヤが見えなかった。残念だった。昨日はちょうど結婚式があちこちで行われていた日で、お客さんも結婚式を見たという。こちらの結婚は親同士が決めるもので、恋愛結婚はまだ少ないみたいですよ、という話をさせていただくと、結婚というシステムはそれでもいいのかもしれません、今の日本は結婚できないということをテーマにしたドラマが多いんです、と話されていた。

男性のお客さんは引き続き宿泊されている。日本の携帯、ネット事情などをいろいろお話した。
2013/5/6 (月)
営業開始1197日 宿泊のお客さん 日本語単語帳

今日も天気が悪い。曇りのち雨で、ヒマラヤは見えていない。

お客さんはパラグライダーをやりに行かれた。とても楽しかったとのことだった。

午前中に男性のお客さんがいらした。

日本語単語帳の入力。英語でも辞書で引けない現代用語などは、ネットで調べているが、ネットの動きが遅い!何度もパソコンを再起動させて、ネットの電源も入れ直してやってみるが、すぐに接続中断になる。雷中は接続できないようになっているのだろうか。ああ、イライラする。
2013/5/5 (日)
営業開始1196日 宿泊のお客さん 日本語単語帳

昨日いらした女性のお客さんは朝5時半から屋上に上がってらしたが、残念ながらヒマラヤは見えなかった。はっきりしない天気で、ザッと降るでもない、晴れるでもない。

道路の舗装工事は続いている。今日はうちより湖側の下半分区域にブルドーザーが入っていた。うちの辺りよりも大きなホテルが多く、その前の道が土やら土管やらで盛り上がっている。水道管を掘り返していて、水が止まることになってしまったのか、女性たちが水道管の途中から慌てて水を汲んでいた。
2013/5/4 (土)
営業開始1195日 宿泊のお客さん 日本語単語帳

お客さんは朝7時前にツーリストバスパークへ向かわれた。工事中で迷惑をかけた。

男性のお客さんは8時ころチェックアウトされ、空港に向かわれた。


前の通りが工事中で、道は土でデコボコ、ブルドーザーが往来している。予約のお客さんはうちまで辿り着けるのだろうか、と心配したが、ちゃんと来ていただいた。ヒマラヤが見えていない。見ていただきたい。

日本語教室へ行った。5年生の教科書は今日で終了した。私が日本に帰国中、何をやってもらおうか。1時間は漢字の復習、もう1時間は上級生のクラスに入ってもらうことを考えた。が、漢字の復習のほかは、本を自力で読んでもらおうかとも思う。漢字がある程度読めれば自分で本が読める。どの本にしようかと考え、芥川龍之介にした。「蜘蛛の糸」がいい。お釈迦様、極楽、地獄が題材のストーリーはネパールでもなじみやすい。いつだったか、「蜘蛛の糸」みたいな話をネパールの教科書で習った、というのを、ネパールの人から聞いたこともある。本の中にはなかったので、家でネットでダウンロードし、印刷した。

うちの前の通りの工事。今日は近所の寄り合いで大喧嘩となった。みな各家は、地面から低く造っている家もあれば、うちのように高く造っている家もある。高めに造ったほうが雨が流れやすい。みな少なからず高めには造っているが、決まりがないから、その高さはまちまちだ。そこに均一の高さで道を舗装しようとすると、問題が起こってくる。段差ができると車を中に入れられないなどの状況になる。うちの辺りは低くする、と言われ、クリシュナと向かいの「ロンリーゲストハウス」の社長が怒った。クリシュナが珍しく激昂していた。技術的なことはわからないが、とにかく黙ったままにしていると、こちらの都合などはなんにも考慮してくれない。リーダー格の人たちがタジタジとなっていた。
だいたい、この道路舗装問題。2年前に話が出て、リーダーたちは「役所がお金を出すといってるのだから、やったほうがいい」と言って、反対派を口説いた。ところが、それは嘘で、役所が出してくれるのは60%のみ。結局はみな自分たちでお金を負担することになり、うちも6万ルピー以上を支出している。役所が金を出すとでも言わないと、みな賛成しないから、という考えだったらしい。多くの家はそれでも黙って言われる額を負担した。もちろん怒っている家もある。
道をきれいにしたい、というリーダーの思いもわかるが、最初の段階でゴリ押ししてるから、こういうことになる。別に前のままでも、大して困ってなかったのだから。かといって、正統派で言っても、話がまとまんない、というリーダーの理屈もわからないではない。
どう決着を見ることやら。こんな小さな道1本造るのに、こんなにモメてるんだから、国の憲法が決まらないのももっともだ。